カテゴリー:『浜美枝のいつかあなたと』

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浜美枝のいつかあなたと ~ 小倉美惠子さん

文化放送「浜 美枝のいつかあなたと」(日曜10時半~11時)

素敵なお客さまをお迎えいたしました。

『オオカミの護符』(新潮社)の著者・小倉美惠子さんです。
今話題の本で12月15日に発売し、現在3刷だそうです。

小倉さんは1963年、神奈川県・川崎のお生まれ。
シンクタンク勤務などを経て、2000年から、自らの生まれ育った町「土橋(つちはし)」の調査を開始。

2008年、「土橋」の映像記録を映画化した「オオカミの護符~里びとと山びとのあわいに」をプロデュース。文化庁の文化記録映画優秀賞などを受賞しました。

発売中の本は映画と同じく、地元・土橋に伝えられた信仰や生活について記された一冊です。

小倉さんは古くからの農家のご出身。
かつては50戸ほどの寒村だったそうです。
その人々によって守られてきたのが「オオカミ信仰」。

まず驚いたことは現在の田園都市線、「鷺沼」と「たまプラーザ」の中間あたりにある「土橋」にいまだに「オオカミ信仰」が脈々と受け継がれていることです。

関東地方に多く見られるというオオカミ信仰。地元の人は「オイヌ様」ともいうそうですが、小倉さん自身も御嶽講の代表者と一緒に、御嶽山詣りをし、「オイヌさま」を追って旅を続けます。

小倉さんはおっしゃいます。

「今でこそ人は山を離れ都市へと向かうが、かつては山は人々を惹きつけて止まない場所であった」と。

「お百姓」は単なる「農民」ではありません。「素朴な農民の手によって何の底意もなくいわば天真自然に作られたときのみ、真に独創的な従ってまた適な質をもち得る」と語ったのは「日本の美を発見」したドイツの建築家ブルーノ・タウトでした。

小倉さんは、お百姓をしていた、おじいさま、あばあさまに大きな影響を受けられたそうです。そんな子供時代のお話も伺いました。

なぜ、この本がこれほど注目を浴びているのでしょか。小倉さんは、高度経済成長期の時代に「何か大切なものを置き忘れてきたかもしれない」とおっしゃいます。

今では行政や専門業者に任せてしまう私たちの暮らし。もう一度足元を見つめなおしたい・・・と思う人々がこの本を手にしているのでしょうか。

じっくりラジオをお聴きください。(放送・2月19日(日曜・10時半~11時)

小倉さんのお話を伺いながら民族学者の宮本常一の言葉を思い出しました。

「人が歩いた後を歩いてもやることは必ずある」

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投稿者: Mie Hama 日時: 08:03 | | コメント (0) | トラックバック (0)

浜美枝のいつかあなたと ~ 笹公人さん

『浜 美枝のいつかあなたと』 文化放送(日曜10:30~11:00)

1月1日・元旦に放送した番組のお客様は短歌作者・笹公人さんです。

笹公人さんは1975年、東京のお生まれ。
高校生の頃から短歌の創作を始められ、2003年に初めての歌集『念力家族』を発表。斬新な内容で注目を集めました。これまで書かれた本には歌集『叙情の奇妙な冒険』、イラストレーターの和田誠さんとの「連句」作品集『連句遊戯』などがあります。

まったく短歌には疎い私ですが、笹さんからお話を伺っていると日本人のDNAには『短歌』の感覚が誰にでもある・・・と思わせてくれます。

日本人のお正月と短歌は昔から深い関係がありますよね。
上の句を聞いて、下の句をとる「百人一首」。
子供の頃を思い出します。
「百人一首」はなぜお正月に遊ぶかも伺いました。

百人一首は鎌倉時代の藤原定家が私撰したもの。
木版技術が発達した江戸時代に庶民に広がり「遊び」として定着し、お正月の遊びとして親しまれたそうです。

宮中の「歌会始」も鎌倉時代中期にはすでに記録があるとか。
日本人は恋愛、戦(いくさ)、亡き人への回顧、そのほかさまざまな「思い」を短歌に託してきました。

笹さんに百人一首の中でお好きな短歌をご紹介していただきました。

『これやこの行くも帰るも別れては知るも知らぬも逢坂の関』(蝉丸)

『人はいさ心も知らずふるさとは花ぞ昔の香ににほひける』(紀貫之)

またご自身の歌もご披露してくださいました。

『鳥占の鳥を逃した老師いてきらめく正月の中華街』

『春雨に濡れながらゆく青年もとりもどせない景色のひとつ』(原発事故)

お正月はこのように歌が詠めたら素晴らしいですね。
そこで、今回ご一緒してくださっている寺島尚正アナウンサーが詠んでくださました!

『末吉の末の横棒書き換えて 未来の吉と思い込む僕』

なかなか素敵ですよね。

私?・・・う~ん。
来年にはご紹介できるよう勉強いたします。

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投稿者: Mie Hama 日時: 09:15 | | コメント (0) | トラックバック (0)

つなみ

文化放送「浜 美枝のいつかあなたと」(放送は日曜10時半~11時)

お客さまに、ジャーナリストの森健さんをお迎えいたしました。
現在、「文藝春秋・臨時増刊号」として発売されている一冊の本。

タイトルは「つなみ」

森健さんは1968年、東京のお生まれ。

早稲田大学法学部に在学中からライターの活動をはじめられ、卒業後は「文藝春秋」、「週刊文春」などの媒体で多くのルポルタージュ記事を随筆されてきました。

今年おきた東日本大震災に関しては早くから取材をはじめられ、現在は森さんが企画・取材・構成された子供たちの作文集「つなみ」が発売中です。

これは、森さんが宮城県の石巻市、気仙沼市、岩手県の釜石市、陸前高田市などを訪れ、地震と津波の被害にあった子供たちに作文、あるいは絵を書いてもらい、一冊にまとめたものです。

私はこの本を電車の中で読み始めました。
涙が止まりませんでした。
そして、「子供に辛い思い、いやな記憶を思い出させたのではないか・・・」
との心配もいたしました。
でも違っていました。

子供たち一人ひとりが、真正面から震災や津波に向き合っているのです。ある意味、子供たちのほうが大人たちよりも「心が強い」(立ち直ろうとしている)部分が感じとれました。

番組ではその作文を寺島アナウンサーが紹介してくださいます。

三陸海岸は、明治29年や昭和8年にも大津波に襲われています。ご本を拝見すると、年長者の知恵(津波の予知)で助かった子供たちも多かったことがわかります。

本書は、活字もありますが、原稿用紙をそのまま撮影しているページもあります。その鉛筆の質感から子供たちの息づかいが伝わってきます。

森さんはおっしゃいます
「多くの子供たちが感謝しているのですよ、お世話になった多くの方々に」

家族を失っても元気に遊んでいる子もいます。
元気を装っている部分もあるでしょう。
でも、子供たちには「未来」があるのが救いです。
そして楽しいことを発見するのが子供たち。

この子供たちに私たち大人は何ができるでしょうか。

「つなみ」手にとってください。
そして放送をお聴きください。(10月2日放送)

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投稿者: Mie Hama 日時: 09:33 | | コメント (0) | トラックバック (0)

男も更年期で老化する

文化放送 「浜 美枝のいつかあなたと」(日曜10時半~11時)

お客様に、精神科医の和田秀樹さんにお越しいただきました。

和田秀樹さんは1960年、大阪のお生まれ。
東京大学医学部を卒業後、東京大学付属病院の勤務などを経て現在「和田秀樹こころと体のクリニック」の院長をされています。

高齢者のメンタルをケアする「老年精神医学」の専門家として長年研究をされ、現在「更年期」に関する著書『男も更年期で老化する (小学館101新書)』が小学館から発売中です。

正直言って女性の私には「男の更年期」はまったくわかりません。しかし、御著書を拝読すると、「これはむしろ女性もきちんと認識しておくべき」だと思いました。パートナーや仕事場での上司、そして男性自身も。「更年期」という言葉は医学用語として、現在、かなり浸透していますが、それは女性に使われる場合がほとんどです。

和田先生は番組の中で

☆男性も「更年期」に要注意!「更年期の過ごし方」がその後の暮らし方を左右されると仰います。

男性ホルモンの減少
セロトニンなどの体内物質の減少
前頭葉の萎縮(考え、感情の老化)

様々な現象がでてくるそうです。もちろん個人差は大きいです。

番組では、
心がけたい食事
硬直化しがちな感情のコントロール
性のありかた
      
など率直かつ専門的に語っていただきました。
やはり、お互い男女とも精神的には、「自由」でいつまでも若々しくありたいですね。

詳しくは番組をお聴きいただき、本をお読みください。
本の中には《男性更年期》度チェック・シートも載っています。
(放送9月18日)

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投稿者: Mie Hama 日時: 09:26 | | コメント (0) | トラックバック (0)

『日本の花火』

文化放送「浜 美枝のいつかあなたと」(日曜10時半~11時)

お客さまに花火写真家の小野里公成(おのざときみなり)さんをお迎えしました。

小野里さんは1957年、東京のお生まれ。
カメラマン、デザイナーとして早くから活躍をされてきましたが、花火の魅力に魅せられ、1992年に写真集「花火賛歌」発表。以来、毎年、数十回にわたって花火大会の撮影を続けられています。

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とにかく「美しい」のです。

小野里さんはおっしゃいます。
「花火と対話しながらシャッターをきっています」と。

事前に打ち上げられる花火を下調べし、プログラムなどで順序を調査。夜の撮影に午前中からスタンバイし、万全を期してもその通りにはいかない場合もあるとか。

鉄道ファンが全国を旅するように「花火おたく」の世界もあり、花火を追っかけ旅する人もかなりいるそうです。

おススメの花火大会も伺いました。

競技会系は大曲、土浦。
新潟の長岡(川)、柏崎(海)、片貝(山)。
などそれぞれのロケーションで花火もまったく違って見えるそうです。
片貝の場合は神社への奉納が目的。
土地の雰囲気で音をふくめ微妙な違いが楽しめます。

今年は、三月の大震災の影響が「花火業界」にも及んでいますが江戸時代から続く「隅田川の花火大会」(川開き)は慰霊や厄払いの意味を込めて始まりました。今年は8月27日(土)午後7時5分から開かれます。

以前にテレビの生放送の中継で打ち上げを真下から見上げたことがあります。やはり、花火は風や匂い、そして音も楽しみたいですね。そして、「日本の職人の技・魂」をしっかり見たいものです。

小野里さんの主宰するウェブサイトに「日本の花火 (ちくま新書)」があります。
こちらには美しい花火の写真もUPされています。
ぜひご覧ください。

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楽しいお話、放送は8月14日です。
お楽しみに!

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投稿者: Mie Hama 日時: 08:19 | | コメント (0) | トラックバック (0)

浜美枝のいつかあなたと ~ 山本一力さん

文化放送 「浜 美枝のいつかあなたと」(日曜10時半~11時)

お客さまに小説家の山本一力さんをお迎えいたしました。

山本さんは1948年、高知県・高知市のお生まれ。
家庭の事情で中学3年の春に上京、新聞配達員をされながら中学・高校を卒業。旅行代理店、広告制作会社、商社勤務など10回以上の転職を経たのち、49歳で小説家デビューをされました。

2002年に「あかね空」で直木賞を受賞。

主に時代小説の分野で数多くの作品を執筆されています。
江戸時代に暮らした人々を、そこに暮らしている息吹が感じられ、
私は山本一力さんのファンです。

このたび、書き下ろし長編小説「ジョン・マン 波濤編」(講談社)が発表されました。

幕末の土佐に生まれ、14歳の時、小船で漁にでて遭難。アメリカの捕鯨船に救助されアメリカ本土に渡り10年後に日本に帰国。紆余曲折の人生。山本さんはその万次郎が上陸したアメリカ・東海岸の町をご自分の足で歩き、取材をなさいました。

「その場所に立ち、空気を吸い、風を感じ、捕鯨の町の匂いを感じました」と。
私は万次郎の家族、とくに母への思いを募らせるところなど、胸が熱くなりました。

今回は2本分の収録です。
1本目は「ジョン・マン」を中心にお話を伺い、2本目はご自身の足跡や、「いまの時代」に対するお考えをうかがいました。

スタジオでは身を乗り出すようにお話しくださいました。「年を重ねることはかっこいい」と仰っしゃいます。どんなに人生辛くても「次の日がくるのが楽しみだった」との言葉には、当然、不安な日々も多かったでしょう。

私もよく分かるのです。家庭の事情で進学を断念し、中学卒業後バスの車掌になり、その後女優の道へと進みます。

5歳の頃にはごはん炊きができて・・・
でも、かまどのオレンジ色の炎を見つめていたとき、唐突に泣けてきました。
おいおいと泣いたのです。
なぜかその底知れない哀しみを、よく覚えているのです。
そのとき自覚はなかったけれど深い深い寂しさのようなもの。
「明日が、楽しみ・・・」と自分に言い聞かせ。

番組の中では60代前半の山本さんは、次の世代に「生きる姿勢」を見せたいとおっしゃいます。日本は(大震災からの復興など)底力をださなくてはならない状況にあります。

『江戸の人々に学ぼう』ともおっしゃいます。

素敵なお話を伺いました。
ラジオで是非お聴きくださいね。
(放送・6月19日と26日)

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投稿者: Mie Hama 日時: 08:52 | | コメント (2) | トラックバック (0)

免疫力について

文化放送「浜 美枝のいつかあなたと」(日曜10時半~11時)

今回は医学博士・管理栄養士の本多京子さんをお招きいたしました。
「免疫力を高めるための生活習慣」についてお話を伺いました。

「食は社会を反映している・食の状況が病気に反映される」と本多さんはおっしゃいます。

近頃よく耳にするのが「人間の免疫力」。
私たちが健康に暮らすためには「免疫力を高める」ことが大事だと言われます。そして意外なのが免疫力は低すぎても、高すぎてもよくないそうです。

「免疫」と「アレルギー」は大きな関係があるとか。
現代社会は「アレルギーを抱える人」が多い時代です。

子供のころの食生活。
衛生的すぎる環境もおおいに関係していると話されます。

免疫力を高めるには、食生活、生活リズム、習慣も大事とか。
ストレスがたまると免疫力は低下する。
特に男性は医学的にみてストレスには弱いとのこと。

『どんな生活を心がけるのが大事か』など詳しくうかがいました。

ぜひラジオをお聴きください。
(放送・6月5日10時半~11時)

お楽しみに!

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投稿者: Mie Hama 日時: 10:31 | | コメント (0) | トラックバック (0)

浜美枝のいつかあなたと ~山田太一さん

文化放送「浜 美枝のいつかあなたと」(日曜10時半~11時)に
脚本家・小説家の山田太一さんをスタジオにお招きいたしました。

山田さんは昭和9年浅草のお生まれ。
昭和33年、松竹映画に入社され、木下恵介監督に師事されました。
テレビドラマの分野で多くの脚本を執筆され、「岸辺のアルバム」、
「早春スケッチブック」、「ふぞろいの林檎たち」などがあります。

山田さんはおっしゃいます。
「もう願いごともいくらも果たせない齢になり、あと一つだけ小説を書いておきたかった」と。

それは二十代の青年が語る七十代にならなければ書けない物語である。
老いを見つめる小説「空也上人がいた」です。(朝日新聞出版)

20代の青年と80代の老人、そして40代の女性が織りなす、切実でちょっと風変わりな現代の物語です。

スタジオでは小説を通して「過去の罪」を抱えた人物像についてや、ご自身が70代になられて見えてきたことなど、山田さんの優しいまなざしが感じられ齢を重ねる素敵さを実感いたしました。

「人間、誰しも何かを抱えているはず、不安になった時に永続的に故郷や国家とつながりたいと思うのですよ。」

大震災後の日本人の言動、「自粛」の範囲や「デマ」など、今私たちが考えなければならないことなどをお話いただきました。
そして、戦争、戦後から学ぶ「これからの日本」についても。

どうぞラジオをお聴きください。
(放送は5月8日と15日です)

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投稿者: Mie Hama 日時: 08:31 | | コメント (0) | トラックバック (0)

浜美枝のいつかあなたと ~増田明美さん

文化放送「浜美枝のいつかあなたと」(日曜10時半~11時)

お客さまにスポーツ・ジャーナリストの増田明美さんをお迎えいたしました。

増田明美さんは1964年、千葉県のお生まれ。
高校に在学中、長距離種目で日本新記録を樹立。 注目を集めます。
92年にマラソン選手の現役引退されるまで、数々の最高記録を更新されています。

現在はスポーツ・ジャーナリストとしてマラソン解説や多方面でご活躍です。
現役を引退して20年近くがたつ現在も、ご主人と一緒に毎日10キロはランニングされているそうです。

今頃は目黒川沿いの桜がさぞ美しいことでしょう。
日々走ることは肉体的の維持だけではなく、精神的な充実も味わえるとおっしゃいます。

私がお会いしたい・・・とかねがね思っておりましたことに、増田さんの解説なさる"日本語の美しさ"です。その秘密はラジオでお聴きくださいね。

そして、増田さんの人間的な優しさはどこから生まれるのかしら・・・ということです。増田さんはラオス(インドシナ半島)の子供たちを支援されています。(NGOプラン・ジャパン)では学校建設、予防接種、など特に増田さんは「幼稚園」の建設に力を注がれています。

ラオスでは公用語の他に民族言語があり、慣れない子は小学校進学をあきらめてしまうそうです、特に女の子は。

明美さんには「マラソン」「走る」という技術があります。
最初は中々打ち解けてくれなかった子供たちが「あの坂の上まで走ろうか」というと花びらのような笑顔で走り始め、足元をみると、裸足の子供が多く、小さな子どもが泣いてしまうと少し大きな子がなだめて・・・又走る。
赤土の道を一緒に走っていると「私が幸せをもらえる」とおっしゃいます。

スポーツって言葉以上の心を通わせる力を持っているのですね。

収録の日もご主人とご一緒にスタジオに入られ、スポーツマンの彼はマネジャーとして彼女をサポートしています。

とても・とても、お幸せそうでした。

豊かなこと=幸せ"ではないし   
貧しいこと=不幸ではない

とおっしゃいます。

素敵な時間でした。
明美さん、ありがとうございました。

「放送は4月17日と24日、2回です」  お楽しみに!

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投稿者: Mie Hama 日時: 07:39 | | コメント (0) | トラックバック (0)

浜美枝のいつかあなたと ~香山リカさん

文化放送 浜美枝のいつかあなたと (日曜10時半~11時)

今回のお客様は、精神科医の香山リカさんです。

香山リカさんは1960年、北海道のお生まれ。
東京医科大学を卒業後、精神科医としてお仕事をされているほかに、
臨床経験を生かした社会批評などの執筆活動も多くされています。

今回は、スリランカ出身の僧侶、アルボムッレ・スマナサーラさんとの共著「生きる勉強 (サンガ新書)」について伺いました。

西洋医学の専門家である香山さんと、仏教の長老の対談は大変興味深く拝読いたしました。 本の帯に
「軽く生きること。そのために必要なことは、人間としての勉強」とあります。
「軽く生きる」とはどんなことですか?と伺いました。

「重荷を背負わないで自分らしく生きることが大事ですね」

香山さんは、日本では「患者さんと一緒に泣くカウンセラー」や「精神科医」がいいとされていますが、それはプロからみれば「違う」とも仰っています。

「生きる勉強」の中で「豊かさとは何か」についても発言なさっています。
ラジオをぜひお聴きください。(放送は3月6日)

2本目は香山さんご自身の精神科医として、また個人として素敵なお話を伺いました。

「しがみつかない生き方」

多くの患者さん(それも多くの女性)をご覧なってきて思うこと・・・。
50代~60代になって「自分はどうあるべきか・残りの人生をどう歩むべきか」を考える人が多いそうです。(放送は3月13日)

"人間の心"に子供のころから興味をもっていらしたそうです。
こちらの放送もぜひご期待ください。

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投稿者: Mie Hama 日時: 09:15 | | コメント (0) | トラックバック (0)

浜美枝のいつかあなたと ~柳家三三さん

文化放送 浜美枝のいつかあなたと (日曜10時半~11時)

先日、来年お正月明け(9日)放送分の収録をいたしました。

お客さまは、落語家の柳家三三さんです。

柳家三三さんは1974年、神奈川県・小田原のお生まれ。
1993年、柳家小三治師匠に入門。
1996年に二つ目昇進し、柳家三三(さんざ)と改名。
2006年、真打昇進されています。

若手落語家の実力者として早くから注目をあつめ、これまでに文化庁芸術祭「大衆芸能部門 新人賞」、国立演芸場「花形演芸大賞」などを受賞され、寄席や高座や、全国の独演会、落語会で大活躍なさっています。

何度かブログにも書きましたが、私は三三さんの師匠の柳家小三治師匠の
"おっかけ"に夢中です。師匠の高座を拝見したとたんに、ときめきが始まったのです。「もう恋なのかもしれない・・・というときめき。そんな小三治師匠の高座で三三さんの落語を聴く機会に恵まれました。

今、年間600以上の仕事をこなす"売れっ子"

この番組には、過去二回、小三治師匠においでいただいたことがあります。以前、「小さん師匠からは落語の稽古を受けていない」と仰っていましたが三三さんもそうだそうです。三三さんの落語は「クラシカルだけどモダンな落語」と言われていますが、まさにそうです。小三治師匠とはまた違った芸風。そして、見えないところで努力の人。古典落語の舞台になった土地に出向き、その空気、風景など体で感じ取ってくることなど興味深いお話を伺いました。詳しくはラジオをお聴きください。

文化放送・1月9日(日曜10時半~11時)

それから・・・8年ほど前になるでしょうか。ここ箱根「やまぼうし」でなんと小三治師匠に落語を聴かせていただいたことがあります。今思えば何と贅沢なことだったでしょうか。知らない強み、あつかましさ。30名限定でした。

そのことを三三さんもご存知で「箱根・三三落語会」をやってくださいませんか?との申し出に「いいですよ」!・・・とのお返事。これから年に春・秋と2回はさせて頂きたいと思っております。お楽しみに。

大の甘党の三三さん、当日はどんな春のお菓子をご用意いたしましょう。

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投稿者: Mie Hama 日時: 08:05 | | コメント (0) | トラックバック (0)

浜美枝のいつかあなたと ~近藤文夫さん

文化放送 浜美枝のいつかあなたと (日曜10時半~11時)

今回は銀座「てんぷら近藤」のご主人・近藤文夫さんをスタジオにお招きいたしました。

近藤文夫さんは1947年、東京都足立区のお生まれ。
高校卒業後、「山の上ホテル」に就職。天ぷらや和食の料理人として修行を積まれ1991年に独立し、銀座に「てんぷら近藤」を開店。お店は多くのファンをもつ名店として知られています。

山の上ホテルの時代から、作家の池波正太郎さんとの交流があり、現在、池波さんとの思い出を綴られたご本『池波正太郎に届ける「おせち」』(筑摩書房)が発売中です。

近藤さんが台所に立ったのは6歳の頃。
お父さまを早く亡くされ、4歳年上のお兄さまとで家事を受けもっていらしたそうです。(私もその頃からカマドでご飯を炊き、いわしの煮付けなど家事を任されていました)

日本にはこんなに美味しい野菜がたくさんあるのに、どうしてそれを使わないのだろう。自国の野菜を天ぷらに!それが「海老と野菜の天ぷら」として生まれ、天ぷらを進化させたのです。

池波正太郎の随筆にはたびたび近藤さんのことが書かれていました。
「先生と僕が親しくなれたのは、僕の"失敗"がきっかけです」と語られる近藤さん。心底、先生を尊敬されていらっしゃることがスタジオでも伝わってきます。ある時「未熟ということが大切なんだ。僕だって未熟だよ。天狗になったらおしまいだよ」と池波正太郎さんはカウンターごしに語られたそうです。

そして、池波正太郎さんは、最期に急性白血病で入院されたとき、近藤さんの「天丼」を食べたいとおっしゃられ病院の入り口まで届けていただいたそうです。独自の薄衣でからりと揚げられたホクホクの空豆と海老の天丼。それが最後の近藤さんと池波さんをつなぐ届け物。

早朝から魚河岸に行き、ある時は生産者を訪ねて北海道まで。
「池波先生がいつ訪ねてきてくださっても召し上がっていただけるよう、皆さまに心こめて揚げています」・・・と。

師走の第二週目。十二月十日からおせち作りが始まるそうです。
本の写真はカラーでそれは美味しそう。
素晴らしいお話を近藤さんからたくさん伺いました。
ラジオを聴いてくださいね。(放送日1月16日)

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投稿者: Mie Hama 日時: 10:43 | | コメント (1) | トラックバック (0)

浜美枝のいつかあなたと ~天沼寿子さん

文化放送いつかあなたと(文化放送日曜10時半~11時)

今回はお客さまにインテリアやアンティーク雑貨の専門家・天沼寿子さんをスタジオにお迎えいたしました。

天沼さんは東京のお生まれ。
大学を卒業後、貿易会社勤務などを経て、アメリカに移住。
8年間のニューヨーク滞在の経験を生かし、帰国されてからはカントリーショップ「デポー39」を設立され、現在はインテリアのアドバイザーとして活動され、
これまで書かれたご本には
カントリーアンティークの家づくり
デポー39ものがたり
などがあります。

現在は最新刊の「人生をリセットする、部屋の片づけと模様替え」(主婦の友社)が発売中です。

今年もあと2ヶ月。そろそろお家の片付けや大掃除を計画なさっていらっしゃる方も多いのではないでしょうか。私は12月の半ばの週で、1週間かけて計画的にしようと思っております。

そこでスタジオでは天沼さんにお家の片付けや、本のタイトルにもあるように「人生をリセットする、部屋の片付けと模様替え」についてお話を伺いました。

このご本は中高年をターゲットに書かれたそうです。
私もそうですが実際、人生の後半(中高年以降)になってくると「子供の独立」や「夫の定年退職」、「家族との別れ」など生活自体に変化が起きます。そんなとき、どう生活をリセットするかなど具体的にお話を伺いました。

なかなか私達の年齢は物を「捨てられない」世代。
そこで「自分自身のライフスタイルの見直し、リセット」・・・大変参考になりましたのでぜひラジオをお聴きください。

私は子どもたちが巣立った60歳のとき、家族との思い出がたくさんつまった家から人生の荷物を整理して「小さな暮らし」を始めることにしました。残りの人生を大切に、軽やかに生きられたら・・・そんな思いでした。これからは自分の時間を大切に生きたいとも思っております。

天沼さんとはかれこれ30年来のお付き合い。
「デポー39」には随分と通わせていただきました。
イギリス・アメリカのアンティークはすべて天沼さんの審美眼で選びぬかれた物ばかり。

"家を癒しの空間"にするちょっとした工夫。
年末にかけての計画をなさってみてください!
放送は12月12日です。

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投稿者: Mie Hama 日時: 09:02 | | コメント (2) | トラックバック (0)

浜美枝のいつかあなたと ~夏木陽介さん

浜美枝のいつかあなたと(文化放送日曜10時半~11時)

今回はお客さまに俳優の夏木陽介さんにお越しいただきました。

夏木さんは1936年、東京のお生まれ。東宝からデビューをされました。
「密告者誰か」「用心棒」など数多くの作品に出演。
70年代にはテレビドラマの「Gメン75」にながらく出演されました。

現在、講談社から夏木さんの足跡を作家の轟夕起夫さんがまとめられた自叙伝「好き勝手 夏木陽介 スタアの時代」が発売中です。

スタジオにお入りになった瞬間「懐かしいね!浜さん」・・・とお声をかけてくださいました。そう、私は夏木さんより2年後輩にあたり青春時代を東宝撮影所でご一緒させていただきました。1961年に公開された「ゲンと不動明王」という作品で恋人役を演じました。監督は稲垣浩さんでした。

当時のエピソードを語ってくださいましたし、1950年代から60年にかけての映画界のお話も私の知らないことばかり。撮影所の真ん中に噴水があり、お昼休みになると俳優さん、女優達がおしゃべりなどしている横を原節子さんが横切っていらっしゃるのです。「オーラがありましたね」・・・と。

三船敏郎さん、先日、お亡くなりになった小林桂樹さん、加藤大介さん、加山雄三さんや司葉子さんなど、日本映画の黄金時代でした。私はもっぱら植木等さんなど「クレイジーキャッツ」の皆さまとの共演が数多くありました。

黒澤明監督の「用心棒」の撮影中のエピソードや数々の巨匠たちとの仕事。そして三船敏郎さんや巨匠たちとの永遠の別れ。貴重なお話を2回にわたり放送いたします。(11月14日、21日)

どうぞお楽しみに!

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投稿者: Mie Hama 日時: 08:50 | | コメント (2) | トラックバック (0)

浜美枝のいつかあなたと ~龍村仁さん

「浜美枝のいつかあなたと」(文化放送日曜10時半~11時)

今回はお客さまに映画監督の龍村仁さんにお越しいただきました。

龍村仁さんは1940年、兵庫県・宝塚市のお生まれ。京都大学を卒業後、NHKに入局し主にドキュメント番組を制作されました。

1992年からはライフワークといえる壮大なドキュメント映画「地球交響曲」を発表。地球と人間のありかたをテーマにしたシリーズ作品で、現在、最新作の「第七番」が公開中です。

以前にもゲストにお招きいたしました。

偉大な作曲家は生涯にいくつもの交響曲を作ってきました。監督も、作曲家と同じようなお仕事をなさっておられます。しかも作品はみな自主上映で市民が支えているのです。

今回の「第七番」は「自然治癒力」がテーマに据えられた作品で日本の紀伊半島、グリィーンランド、カナダを舞台に「人間と自然の共生」が描かれています。

出演は日本文化に造詣の深い医学博士・アンドルー・ワイル氏
ツール・ド・フランス覇者・グレッグ・レモン氏
環境教育活動家・高野孝子さん

美しい映像は語りかけます。
大自然の目には見えない力に生かされていることを思い出す時人は素直になり、元気を取り戻すことができるのではないでしょうか・・・と。

木の一本一本までに神が宿るという昔ながらの日本人の考え方。「欧米の文明」や「欧米の科学」が世界のスタンダードになっていることへの警鐘も鳴らされています。

私自身、歩くことで五感を研ぎ澄まされ、心が豊かになります。箱根の自然に力をもらいながら歩くと、ただ体のためだけではなく、魂が浄化されるような爽快さを味わうことができます。歩きながら一本一本の木に語りかけている時もあります。

スタジオで監督は何度も何度も「私たちは生かされているのですね」・・・と語られます。

そう、自然とのつながりを取り戻す大切な時なのだと映画を観て感じました。

現在、全国各地で上映会が開かれています。
(くわしくは「地球交響曲」のHPをご覧ください)

まずはラジオでじっくり監督のお話をお聞きください。(放送9月12日・日曜日)

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投稿者: Mie Hama 日時: 07:32 | | コメント (1) | トラックバック (0)

浜美枝のいつかあなたと ~橋本健二さん

「浜美枝のいつかあなたと」(文化放送日曜10時半~11時)

今回はお客さまに武蔵大学社会学部教授、「居酒屋ほろ酔い考現学」著者の橋本健二さんをお迎えいたしました。(放送日8月29日)

社会学者で「居酒屋を通じた社会研究」をされている橋本健二さん。橋本さんは1959年、石川県のお生まれ。東京大学・大学院博士課程を経て、研究者としてキャリアをスタート。

「居酒屋から見えてくる日本社会」について興味深いお話を伺いました。
そもそも「考現学」(モデルノロジー)・・・ってどんな分野の学問なのでしょう?

「ギャンブル考現学」、「芸能界考現学」などいろいろ使われるが、もともと徹底した観察と、きちんとした記録にささえられるもの。と橋本さんはおっしゃいます。

橋本さんご自身、居酒屋通いがお好きで週2,3回は通い、はしごもなさるとか。

私の場合、都内での居酒屋通いはあまりチャンスがありませんが、地方に行ったときなど、ひとりでぶらっと居酒屋に入ります。その町を知るうえでとても参考になるし、地元の空気や方言を聞きながら、軽く呑んで・・・これは至福の時です。でも、居酒屋ならどこでもいい・・・とはいきません。そこは、五感を働かせ、「う~ん、いいな!」と思える居酒屋を探します。時にはカウンターの横の方と話込んだり、ご主人とおしゃべりしたり・・・と、なかなかいいものです。

さて、詳しくはラジオを聴いていただきたいのですが、居酒屋から社会が見える。東京には、戦後の闇市がそのまま盛り場になったケースが多く、新宿西口の思い出横丁や吉祥寺のハーモニカ横丁などはその典型とか。

"ささやかな贅沢"としてふところを考えながら楽しめる居酒屋。地元の人、ネクタイをしめたサラリーマン、そしてこの頃は若い女性が一人でぶらっと短時間寄る「立ち飲み」スタイルのお店。そんな居酒屋にも「格差社会」がしのびより、客層も変化してきたとのことです。

社会学者の橋本さんのお話に考えさせられることが多々ありました。

職場と家庭の間のほんの少しの憩いの場、「居酒屋」。そんな「居酒屋文化は崩壊のふちにある」・・・・と。インターネットが普及した現代社会でも人と人が触れ合える「場」は大切ですね。

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投稿者: Mie Hama 日時: 09:27 | | コメント (1) | トラックバック (0)

浜美枝のいつかあなたと ~嵐山光三郎さん

文化放送「浜美枝のいつかあなたと」(日曜10時30分~11時)

今回は2週に分けてゲストに作家の嵐山光三郎さんをスタジオにお招きいたしました。

嵐山光三郎さんは雑誌「太陽」の編集長をつとめられたのち、作家活動にはいられました。旅や食、文人に関する執筆が多く、これまで書かれたご本に「素人包丁記」、「悪党芭蕉」など多数。現在、文春文庫から発売中のご本「とっておきの銀座」から東京を代表する町、「銀座」の魅力をたっぷり聴かせていただきました。

スタジオには、帽子に下駄姿。帽子は多分「トラヤ帽子店」のでしょう。初夏にふさわしいアイボリィーのソフト帽。そして、やはりアイボリィーのジャケット。何でも今まで5つのソフト帽を買い全てがボルサリィーノとか・・・。おしゃれ!

下駄ひとつ買って涼しき銀座かな
                      嵐山光三郎

老舗「ぜん屋」の下駄。
まず下駄の板をきめて、それに合わせて好みの鼻緒をすげるとか。
「毎日はいていると1ヶ月ですりきれちゃいますよ」と。
下駄には嵐山さんは様々なエピソードをお持ちです。
それにしても粋ですね!

番組では銀座の食べ物屋さんや、甘み処、便箋から傘まで。奥が深い大人の街のお話が満載です。

そして、2本目は「新廃線紀行」から今まで歩かれた廃線跡のお話。帯には「廃線旅行は、ノスタルジアではなく、命がけの探検となる」書かれています。嵐山さんはこれまでにも松尾芭蕉の足跡を訪ねる旅をされたり、温泉(秘湯)を訪ねる旅をされたり・・・旅好きの私はため息ばかり・・・。
もちろん旅先での食べ物のお話もたっぷり伺いました。

あとはラジオをお聴きください。放送日(7月4日、11日)

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投稿者: Mie Hama 日時: 10:34 | | コメント (0) | トラックバック (0)

浜美枝のいつかあなたと ~枝元なほみさん

文化放送 「浜美枝のいつかあなたと」(日曜10:30~11:00)に
ゲストとして料理家の枝元なほみさんをお迎えいたしました。
(放送日6月13日)

枝元さんは大学を卒業後、劇団「転形劇場」で舞台に立たれるかたわら、
無国籍レストランで8年間シェフをされ、劇団を退団後は、料理家の道に歩まれました。

また無類の旅好きとしても知られ、これまで多くの国を旅なさっておられます。

「かくし味は旅を少々」を書かれました。
帯に(食べる)と(生きる)はくっついている。・・・と記されています。

ラジオでは旅を通じて再発見する「食事と人間」。フランス・インドでのエピソードなどを語ってくださいました。ユーモアたっぷりに。ぜひ聴いてくださいね。

「はっきり言いまして私、路地フェチです。」から始まるご本。
そうなの、そうなんです、なほみさん。
私も路地フェチなのです。
しかも読んでおりますと、かなり同じような路地を歩いていることにびっくり!
トルコのカッパドキア・・・のまるで地下都市のような迷路。
インド・ベナレス。ガンジス川沿いの入り組んだ路地。
道には座り込んでいる牛。
ベトナムやバルセロナ・・・ニューヨーク。
ネパール・カトマンドゥでの寒さに「寂しい!寒い!」と本気で泣いたり。
ほんとうに同じようにひとり旅をなさっていらしたのですね。

「頭と心がパンパンになると旅に出たくなるの」と仰っておられましたね。

私もそうです。
母親業と妻業とそして女優業。
身も心も空になり、魂が抜けたようになり「あ・あ・あ、旅にでたいな」と。

なほみさんの「かくし味は 旅を少々」では、そんな旅先で出会った味を「なほみ流」にご紹介されていて思わず作ってみたくなりました。

"記憶の奥"を探りながら。
 
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投稿者: Mie Hama 日時: 09:22 | | コメント (1) | トラックバック (0)

浜美枝のいつかあなたと ~中山康樹さん

私は毎月2回、浜松町の文化放送のスタジオに向かいます。
浜美枝の「いつかあなたと」の収録です。(日曜10:30~11:00)

毎回ステキなゲストをお迎えしての話、そして後半の「浜美枝のよい食と共に」では、日本各地のみなさんに、食べ物や農業に関するお話を伺います。

その日はなるべく早く箱根の山を降り、午前中は展覧会、ときには映画、友人たちとのおしゃべり・・・。全国各地をお訪ねしたり、山にいる時間もあり、東京にいるこの日は至福のひとときです。ラジオのゲストのお話は、それはそれは贅沢な時間です。

今朝は特別早く山を降り、小田原城の藤の花が満開と聞き見てまいりました。
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そして、六本木ヒルズで開催されている「ボストン美術展 西洋絵画の巨匠たち」へ。16世紀から20世紀にヨーロッパ各地で活躍した巨匠たちの80点あまりが見られます。特に私は「日常生活」を描いたルノアールやミレーの作品が好きです。人々の何気ない日々の暮らし、貧しくとも"生きる力"を感じさせてくれる画家の優しいまなざしに惹かれました。

それにしても人・人・人。
真剣に見入る中高年の方々が多くいらっしゃいました。

それからラジオ収録のため、スタジオへ。
今日のゲストは音楽評論家の中山康樹さん(放送6月6日)

中山さんはジャズの専門誌「スイング・ジャーナル」の編集長を経て、音楽の評論活動をされています。これまで書かれたご本は「マイルスに聴け」、「ビーチ・ボーイズのすべて」、新刊は「マイルスvsコルトレーン」、「マイルスの夏 1969」が発売中です。

1991年に65歳で亡くなったマイルス・デイビス。マイルスと同時代を生きた名サックス奏者ジョン・コルトレーン。私たち世代にはゾクゾクするほど魅力的な音楽家です。2人の人生をたっぷり伺いました。放送をぜひお楽しみください。もちろん2人の共演もお聴きください。

そしてもうお一人のゲストは、料理家の枝元なほみさん。
私のだ~い好きな方。来週のブログに書きますね。そちらもお楽しみに。

このような幸せいっぱいの日。
帰りの新幹線の中で飲むビールの美味しいこと!
思わず"人生に乾杯!"です。
ささやかなこと・・・でいいのですね、幸せって。


投稿者: Mie Hama 日時: 08:23 | | コメント (3) | トラックバック (0)

浜美枝のいつかあなたと ~前田美波里さん

文化放送「浜 美枝のいつかあなたと」(日曜10:30~11:00)の
ゲストに女優の前田美波里さんをお迎えいたしました。
(放送日 4月25日・5月2日) 

前田美波里さんは1948年、神奈川県・逗子のお生まれ。

15歳の時にミュージカル「ノーストリングス」で舞台デビュー。
66年、18歳のとき「資生堂」のポスターに抜擢され一世を風靡。
一躍、日本中の話題をさらいました。このブログをご覧頂いている、
私達世代では強烈な印象が残っていることでしょう。
「積極的な強い女性」というイメージが一人歩きをしましたが、
ご自身は内向的な性格で戸惑いもあったとか・・・。

番組では幼い頃の生い立ち、若くして結婚・出産・離婚・・・なども伺いました。

スタジオに登場した美波里さんは、若々しく、背筋をシャンと伸ばし、内面的な美しさをお持ちの方・・・でした。現在、「ニュージーランド」の先住民族である「マオリ」の人びとの交流を通し「自然との調和」や「先祖への敬い」など、今、私達日本人が失ったものを学んでおられるとか。

今回は2本分を収録させていただきましたが、私は美波里さんの「美しく齢を重ねてこられたこと」「自分自身を保つために、自分と対話する」・・・といったお話、など等。同じ女性として伺いたいことが沢山ありました。

時には涙ぐんだ美波里さん。本当に美しいと思いました。

「今、とても幸せ・・・孫のひと言で活躍の場もひろがりました」と。

人は誰でも寂しがりや、孤独なもの。だから、人恋しく 愛しく 共に感動し、
人と楽しみ、ひとりの時間を大切にするのですね。
ますます大好きになった美波里さんのお話、ラジオでお聴きくださいね。

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投稿者: Mie Hama 日時: 11:21 | | コメント (0) | トラックバック (0)

浜美枝のいつかあなたと ~木の実ナナさん

文化放送「浜美枝のいつかあなたと」(日曜10:30~11:00)のゲストに
女優の木の実ナナさんをお迎えしました。(放送日3月21、28日)

木の実ナナさんは1946年、東京・向島のお生まれ。16歳で芸能界デビュー。72年、劇団四季の「アプローズ」に出演し、本格的にミュージカルの女優の道を歩み始めます。「ショーガール」は大ヒット作品。ほかにも出雲の阿国をモデルにした「阿国」など、舞台やテレビなど幅広くご活躍されています。5月15日からは、ナナさん主演のミュージカル「いかれた主婦」がテアトル銀座で上演されます。

文化放送のスタジオに現れたナナさんは、舞台に備え普段でも"パンク"スタイルとか。「これからギターのレッスンなの!」と。

私はナナさんの大ファンなのです。
詳しいお話はぜひラジオでお聴きくださいね。

ナナさんは、今の年齢になってから「木の実ナナ」ではなく、本名(池田鞠子)に戻る時間を持つようになったと仰られます。頑張り屋さんのナナさん。頑張りすぎて「救急車に乗った回数ナンバー1の女優」と言われているとか。

同じ東京・下町生まれということもありますが、ナナさんに親しみを感じるのです。そして、なんと"チャーミングな女性"・・・なのでしょうか。ナナさんは素敵に齢を重ねてこられました。力強さ、優しさ、妥協を許さない信念、それでいて愛らしい。

でも・・・ナナさんは、これまでの人生たくさんの問題をくぐり抜けてきたのではないかと想像します。舞台の後など、魂の抜けた人のようになり、茫然自失していまうこともあるでしょう。

私自身、同じ世界に身をおいた人間として想像するしかないのですが・・・
そんな時、どのように心の泡立ちを静めるのでしょう。

"太陽のような人"、"ひまわりの花のよう"・・・とも言われます。
でも、私はナナさんは「野に咲く"ひなげし"のよう」とその日感じました。

いつだったか、スイスをローカル線に乗って小さな駅に降り立った時、一面の麦畑が広がる風景の中で、"ひなげし"がポーン・ポーンと音をたてて咲いていたのです。野にあるひなげしは、一輪一輪が違う顔。一輪一輪が毅然と立っているのです。野にあるひなげしを切って生けると、どの花もしらんぷりして、光の方向を見て同じ顔。やはり、野にあって素敵な花なのです。

ナナさんってそんな女性(ひと)だと思いました。
あとはラジオをお楽しみくださいね。

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投稿者: Mie Hama 日時: 08:35 | | コメント (0) | トラックバック (0)

浜美枝のいつかあなたと ~小椋桂さん

文化放送「浜美枝のいつかあなたと」(日曜10:30~11:00)のゲストにシンガー・ソングライターの小椋桂さんをお迎えいたしました。
(放送日1月10日・17日)

小椋桂さんは1944年、東京・上野黒門町のお生まれ。四半世紀にわたって銀行勤務と音楽活動を両立され、71年にはファーストアルバム「青春・砂漠の少年」を発表。「シクラメンのかおり」、「夢芝居」、「愛燦燦」など数多くの歌を世に送りだされました。その数、2,000曲以上。1月20日、40周年記念アルバムの「邂逅(かいこう)」がリリースされました。私もさっそく入手いたしました。

私は小椋さんのメロディーはもちろんですが、美しいことばに惹かれます。

「邂逅」・・・思いがけなく出会うこと、めぐり逢うこと。

さよならだけが 人生さ
そんな言葉が 真実の
色を濃くして 腑に落ちる 
気持ちが少し 暗くなる

今もこうして 夢創り
祭り創りに  悔いの無い 
汗かく二人 浮かぶ笑み 
出逢い一つで変わる 軌跡道筋
何よりも 幸運な 巡り会い 
ああ それは君 

ラジオの中でも素敵なお話を伺うことができました。
自分の軌跡・・・

「自分の人生を考えると、重要なことは めぐり逢いです。
生きていくことだけではなく  生きてあることを大切にしたいです」

とおっしゃていました。

"生きてあること"・・・

そして、私は先週日曜日のNHKホールのコンサートに伺いました。3階席まで満員のお客さま。
同時代を生きてこられた世代、少し下の世代、会場が小椋さんの優しさに包まれ幸せな気分に浸れました。

私は曲の中でも「泣かせて」が特に好き。擦り切れるほどCDを聴いています。
ラジオのリスナーの方々からも

「聴きました、心に染み入る言葉、日本語の大切さを思いました」

などたくさんお手紙をいただき感謝いたしております。
これからも、皆さまの心に届く番組をお届けいたします。 

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小椋桂さん「邂逅」


投稿者: Mie Hama 日時: 21:41 | | コメント (0) | トラックバック (0)

浜美枝のいつかあなたと ~仲代達矢さん

文化放送「浜美枝のいつかあなたと」(日曜10時半~11時)

今回はお客様に俳優の仲代達矢さんをスタジオにお招きいたしました。
日本映画の黄金期を彩った名優、黒澤明監督作品「七人の侍」、「用心棒」など数々の作品に出演されました。

仲代達矢さんは1932年、東京のお生まれ。1952年、俳優座養成所に入所され、舞台劇「幽霊」でデビューされました。

これまで「どん底」、「リチャード三世」、「ソルネス」など舞台で芸術選奨文部大臣賞などを受賞。映画やテレビでの分野でも様々な活躍をされています。1975年より、舞台俳優養成のための私塾「無名塾」を主宰。この秋には石川県・七尾の「能登演劇堂」でシェイクスピアの大作「マクベス」が上演されます。

今回はお芝居のお話はもちろん、現在、講談社+α新書から発売中のご著書「老化も進化 」を中心にお話を伺いました。この本には、70代半ばを迎えられた仲代さんの演劇哲学 、人生哲学、そして65歳の若さでお亡くなりになられた奥様、宮崎恭子さんの思い出が率直に語られています。

8月23日と30日の2回分の収録でしたから、寺島アナウンサーと私はこの名俳優の"ひとり舞台"を独占させていただいた気分、至福の時を頂きました。

「妻が逝って、早いもので13年になります。若い時にずいぶん苦労したつもりですが、 今までの長い人生の中でも一番の試練でした。生きるための苦しさと、愛する者を失う哀しさとはまったく別のもので、後者は遥かに大きいようです。」

奥様を失った喪失感は予想以上に大きく、なかなか立ち直ることができなかったようです。病床にあっても常に明るく「人生どのように生きるのが美しいか」「さあ、人生のグランドフィナーレの幕をあけるぞ」・・・と、彼女は最後まで誇り高く、勇気を持って生きようとしたのです・・・と。妻であり、同士、仲間であったご夫妻のお話には崇高さを感じました。

奥様は「男に惚れるようじゃあ、女優はできないわ」と結婚を機にスパッと女優業を辞められました。 後には脚本家・演出家としても仲代さんを支えられてきました。

仲代さんは「今の自分は赤秋(せきしゅう)の時を迎えている」と仰います。一人で老いてゆくことへの不安は確かにあっても、力を抜き、敢えて大きな挑戦に「真っ赤な秋を真っ赤に生きる」と低い良く通る声でこちらをしっかり見据え語ってくださいました。 

ラジオでは素晴らしいお話をたくさん伺いました。ぜひ、日曜10時半~11時まで文化放送「浜美枝のいつかあなたと」でお聞きください。(8月23日、30日放送)

かつて東宝撮影所で10代の私は、遠くの仲代達矢さんを仰ぎ見ておりましたが、目の前にいらっしゃる仲代達矢さんは俳優としての仲代さんではあるのですが、76歳とは到底思えない「人間・仲代達矢」が静かに語りかけておられるのでした。
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投稿者: Mie Hama 日時: 07:25 | | コメント (0) | トラックバック (0)

浜美枝のいつかあなたと ~ 片岡鶴太郎さん

文化放送「浜美枝のいつかあなたと」(日曜10時半~11時)

今回はお客さまに俳優・画家の片岡鶴太郎さんをスタジオにお招きいたしました。早くからテレビの世界で活躍され、やがて俳優としても数多くのテレビドラマ、映画に出演されてきた鶴太郎さん。

その一方、30代の後半からは絵の創作をはじめられ、95年には初の個展を開催。鶴太郎さんが創作された絵や書は多くの支持を集め、98年には草津に「片岡鶴太郎美術館」もオープンしました。

実は8月22日から30日まで箱根の我が家で、展覧会を催すことになりました。
「こころ色」と銘うって。
詳しくはホームページでご覧ください。


初めて鶴太郎さんと親しくお話をさせていただいたのは、新幹線の中でのことでした。全く偶然の出会いでしたが、我が家に飾っていた絵の話になり、それがご縁で後日、画集対談でお越しになられました。

鶴太郎さんの作品には、暖かな小さな命がふくふくと息づいています。
花、魚、果物・・・暮らしを美しく彩り、爽やかな風を空間に吹き込むような素晴らしい作品ばかりです。

「作品は人なり」と思わずにはいられません。

生きることにひたむきで、思いやりが深く、優しく、けれど決してやわではない。そんなお人柄が、どの作品からも感じられるのです。


ラジオの中で興味深いお話を伺いました。

全く絵にはふれたことのない鶴太郎さんが30代の終わりのある日・・・、2月の寒い朝5時頃のこと、ロケがあり家を出るときに、何か視線を感じたそうです。その視線の方を振り返ると、隣の庭に朱赤の椿が咲いていて(その頃は花の名前も知らなかったとのこと)

「うわぁ素敵だな、君はひとりで、誰も見てなくてもきちんと咲いているのか」

と思われたそうです。

当時、これからの人生、何を頼りに、何を求めて生きたらいいのか・・・、人生の中にポツンと置かれた孤独感、焦り・・・、そんな日々が続いていたそうです。その時「この花を描ける人になりたいなぁ」と、心底思われたのだそうです。

ものまねでも、役者でも、ボクシングでも、この椿を見たこの感動は表現できない。それで、絵で表現できるようになりたい。美術学校に行って基礎を勉強していたら、もしかしたら感動がないまま絵の世界に入っていたかもしれないと。

私にはとてもよく分かるのです。そのお気持ちが。
私も40歳で演じる女優は卒業しました。あの時の孤独感は私に生きる力を与えてくれました。

お互いに「日本人の美」の本質を感じることができる自分になりたいですね。

話はつきることがありませんでした。
7月5日が放送です。ぜひお聴きください。

今回の展覧会はデパートでの展覧会と違い狭い我が家が会場です。普通に暮らす空間に鶴太郎さんの絵を飾ってみたい・・・との思いでからです。ぜひホームページへとアクセスしてみてください。

片岡鶴太郎展「こころ色」 8月22日~30日 箱根・浜美枝邸にて
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投稿者: Mie Hama 日時: 17:07 | | トラックバック (0)

浜美枝のいつかあなたと ~ 野坂暘子さん

文化放送「浜美枝のいつかあなたと」(日曜10時半~11時)

今回はお客さまに、小説家・野坂昭如さんの奥様で、
このたび「リハビリ・ダンディ」というご本を書かれた野坂暘子さんをお迎えいたしました。

宝塚歌劇団に在籍中、小説家の野坂昭如さんと知り合い、21歳でご結婚されました。40数年に渡り「野坂昭如の妻」であり、また2人の娘さんの「母」でもあり、同時に画廊の経営者、シャンソン歌手としてもご活躍されています。

このたび脳梗塞に倒れられた夫・野坂昭如さんとの二人三脚の生活を描いた「リハビリ・ダンディー」を上梓。話題の一冊です。


帯には
6年前、72歳の夫が脳梗塞に倒れ、人生の第二幕が上がった。
         半身マヒ、骨折、肺炎・・・・・
    困難にめげず、共演者の野坂に声をかける。

「あなた、私についてきて!二人でカッコいいステージを演じよう」

副題に「野坂昭如と私 介護の二千日」とあります。

脳梗塞で倒れ、緊急入院。
幸いにも命を取り留めリハビリ専門病院に入院された野坂さん。
半年後には「病院を出て家に帰る」ことを決められたそうです。
このままでは、野坂さんの気持ちが萎えてしまう、もう一度書斎の椅子に座らせたい・・・と思われたそうです。

そこから家での介護がはじまります。
スタジオでお会いした暘子さんの素敵な笑顔。
介護がどれほど大変なことかは想像できます。

「何もかもが精一杯だった。それでもがむしゃらに立ち向かっていった日々が思い出される。混乱の渦の中で、私は一人ぼっちだった。よく泣いていた。よく神に祈っていた。私に力をください、私をくじけないように守ってほしいと。私は守られている。今、そう思う。そして私は彼を守っている」

「まかせておいて、私、あなたのお母さんにでも、女神さまにでもなってあげるから」
あら、この先、楽しそうじゃない。

とあとがきに書かれています。

本の表紙の写真は野坂さんが倒れて4年目。次女の亜末さんとステッキを使わずバージンロードを歩かれ、会場には大きな拍手が沸き起こり、幸せな野坂さん、暘子さんの姿が素敵に映っています。

以前、この番組が生放送の頃に野坂昭如さんにご出演いただいたことがあります。

「今朝、出掛けに浜さんとお会いするのよ、と申したら野阪が"リハビリ頑張るからまた呼んでください"とのことづけをあずかりました」と。

野坂昭如さん・・・"スタジオでお待ち致しております"

詳しくは4月26日(日)10時半から11時までの放送をお聴きください。

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投稿者: Mie Hama 日時: 17:52 | | トラックバック (0)

浜美枝のいつかあなたと ~ 養老孟司さん

文化放送「浜美枝のいつかあなたと」(日曜日10時半~11時)

今回は2本分を収録いたしました。(4月12日、19日分)
お客様に、解剖学者の養老孟司さんをお迎えいたしました。

養老さんは1937年、鎌倉のお生まれ。
1981年、東京大学医学部教授に就任。
専門である解剖学や脳の働きについての先端的な研究・発言をされ、
注目をあつめます。95年に東京大学を退官されて以降は、社会現象や
人間のありかたに関するご本を多く書かれ、2003年に発表された
「バカの壁」はベストセラーになりました。
 
養老さんの最新刊「読まない力」を1本目は中心に。(PHP新書から発売中)

ちょっと変わったタイトルですので、どんな意味があるのか・・・。
(言葉を信じすぎないこと。言葉に振り回されないこと等。)

養老さんは7歳で終戦を迎えられました。
終戦前と後では、大人たちや学校の先生の言うことががらりと変わり、
その辺りが"言葉"に大きく影響しているとお見受けしました。
「読まない力」のご本の中で、養老さんはアメリカなどの経済大国と中国、
インドなど、近年、エネルギーの消費量が急成長している国との関係も分析されています。

そして、欧米諸国の「欺瞞」が「地球温暖化問題」の語られかたに現れているのではないかとも・・・。また、「文明という秩序は、それと同じ量の無秩序と対になっている」とも記されています。

"人間の脳にも、同じ法則"があるとか・・・。

後はぜひ、番組をお聴きください。
分かりやすい言葉で解説してくださいました。

2週目(19日放送)はプライベートでの養老さんのお話を伺いました。昆虫採集、日本の教育制度、「京都国際マンガミュージアム」の館長として、現代の子供達の置かれている環境、日本の農業・農村の問題、興味深かったのは「現代人も参勤交代」をするべき!とのご発言。

こちらも是非ラジオをお聴きください。

今回も素敵なお話をしていただきました。
養老先生ありがとうございました。

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投稿者: Mie Hama 日時: 10:53 | | トラックバック (0)

浜美枝のいつかあなたと ~ 鷲田清一さん

文化放送 "浜美枝のいつかあなたと" 京都編 
放送3月22日 10時半~11時

今週も、先週に引き続いて、スタジオを飛び出しての外禄で京都に行ってまいりました。先週は、滋賀県・高島市・針江地区をお訪ねし「伝統的な生活に学ぶ、私達の暮らし」の旅。

今週は、京都です。
ここ京都も、伝統的な暮らしが息づいている街です。
寺島アナウンサーと風情ある祇園の石堀小路を歩き、高台寺・圓徳院に向かいました。高台寺、塔頭の圓徳院は豊臣秀吉の妻、寧々が生涯を終えたお寺です。その一室で、生まれも育ちも京都という、哲学者の鷲田清一さんにお話を伺いました。

鷲田さんはご専門の哲学書のほかに、京都の日常の魅力について書かれた「京都の平熱」というご本もあり、生活者から見た素顔の「京都」をお話頂きました。

私自身「大の京都好き」ですが、知らないことばかり。

鷲田さんは「京都市バス206系統」に乗ると京都の素顔がよく分かるとおっしやいます。バスで市街の外側をぐるっと一周すると、周囲に「聖・俗・学」が揃っていると。ぜひ、「京都の平熱」を手にとってみてください。

さて、番組では大変興味深いお話を伺いました。

いまの日本社会からは、「待つこと」「聴くこと」が失われた・・・と。

あまりにも社会が効率優先化、短絡化している。戦後、文明社会が大きく飛躍したが、それと同時に人間の欲望も大きくなり、ここらで「欲望のリセット」が必要なのではないかと提言なさいます。そして、現代の日本人に関して「命の世話さえ自分でせず、サービスを買う消費者になった」・・と。「文明の発達によって、人間一人ひとりはかえって弱くなったのではないか」と述べられております。

詳しくは番組をお聴きください。

鷲田さんはここ10年ほど「哲学カフェ」という場を設けてこられたそうです。10~80代の各世代から男女一人ずつ、15人くらいのまったく見知らぬ人同士で、年齢も職業も名前も出身地も言わず4~5時間議論をするのだそうです。

「他人がわかるということはどういうことか」、「私はだれか」、結論はあえて出さず、世代を超え議論が楽しいそうです。「異質な価値観を知る体験をなさってください」と。私も一度ぜひ参加させて頂きたいです。

帰り際、「僕、007よく観ましたよ!」とかつて映画青年の素顔も見せてくださった、哲学者、大阪大学総長の鷲田清一さんは1949年のお生まれ。

この番組は私にとって"宝もの"です。

今回も素敵な出逢いをいただきました。

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投稿者: Mie Hama 日時: 08:47 | | コメント (0) | トラックバック (0)

浜美枝のいつかあなたと ~ 滋賀での外録

文化放送"浜美枝のいつかあなたと"の外録で 滋賀・京都・大阪の旅をしてきました。いつものスタジオを飛び出しての収録です。

1週目は3月15日(日)10時30分~11時放送。
旅のテーマは「伝統的な生活に学ぶ、私たちの暮らし」。
古き良き伝統的な生活風景から、私たちの現代の暮らしぶりを改めて見直してみよう・・・というものです。

伺った先は滋賀県・新旭町・針江という地区。琵琶湖の西側になります。

街の中を縦横に水路が走る「水の街」。いたるところから湧き水が溢れ、それをためて生活に生かしています。これを「川端・かばた」と呼ぶのだそうです。

水の流れと人々の暮らしが密着しています。

水場では飲み水はもちろんのこと、炊事や洗濯にも利用します。
各家庭の元池(もといけ)から湧き出した生水(しょうず)は一番綺麗な水が溜まる壷池(つぼいけ)に入り、お料理・野菜洗い・洗顔などに使われ、そこから水は端池(はたいけ)へと流れこみます。

端池には鯉が飼われ料理の野菜くず、鍋釜の米粒などを食べ浄化してくれます。水は家の前の小川に入り、そして隣の端池に入りまた川に戻りやがて琵琶湖に流れて行くのです。

江戸時代から、この地域は大切に大切に水を守り、暮らしに生かしてきました。比良山系に降った雪、雨水が何年もかかり伏流水となりこの地域に潤いを与えています。

「水の神様に感謝ですね」・・・と語ってくれた、おばちゃん。

地域の子ども達はこの川で遊びます。

水が清らかなので、米・大豆なども美味しく、熱々の揚げたての油揚げの美味しかったこと!あとはラジオで、水のせせらぎの音を楽しみながらお聴きください。

現代社会は水道水になれ、水はペットボトルで・・・というのが日常ですが、「伝統的な生活」から学ぶことは多いのですね。

この地域の家庭へ無断で入ることはできません。
必ずボランティアガイドさんの案内のもとで見学してください。

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投稿者: Mie Hama 日時: 11:42 | | コメント (0) | トラックバック (0)

浜美枝のいつかあなたと ~ 康宇政さん

先日も素敵なお客様をスタジオにお招きいたしました。

ドキュメンタリー映画「小三治」の監督、康宇政(カン・ウジュン)さん。

康宇政さんは1966年、東京のお生まれ。
東京写真専門学校芸術科を卒業後、90年代にデレクター・デビューされ、
これまでに数多くのテレビ番組、ビデオ作品を監督、演出されてきました。

本年、はじめての長編ドキュメンタリー映画「小三治」を発表いたしました。当代随一の落語家、柳家小三治師匠をモチーフにした1時間44分の作品です。私は公開前に試写会で拝見いたしました。

おりに触れ「元々、私は自分の落語の記録を残すのが嫌な人なんです。噺家なんて、どんどん変わっていくものですしね。」と語られる小三治師匠。そんな師匠が、上野・鈴本で「歌ま・く・ら」 のリサイタルをする際、「歌を録音してくれるかい」と監督にお願いしたのが始まりとか。

小三治師匠"追っかけ"の私としては、早朝箱根の山を下り東京の試写室へ・・・。

もう、たまりません!フアンには。

鈴本演芸場をはじめとする寄席、全国各地での独演会や落語会、北海道から九州までの旅の道中や舞台裏までありのままの師匠が描かれています。

今まで、自分のことを多く語らなかった小三治師匠でしたが、カメラは師匠に寄り添うように、静かに静かに、そっと奥深く「人間・小三治」に迫っていきます。ふっとした仕草、表情、語られる言葉に、ひとりの名人と呼ばれる噺家・小三治の心のうちを見事に映し出しているのです。

お客様には見せない苦労・苦悩の姿も。

「康監督、ありがとうございました」と思わず心の中で感謝いたしました。

小三治語録を少しだけ。

「芸はひとなり。技術で出来ることはたかがしれている。」

「言葉よりも、ひとの"こころ"ありき。」

名跡について。
「名前が人をつくるんじゃない。よい仕事をしていれば、それがよい名前に見えてくる。」

「遊びは真剣に。」

等々・・・心に染み入る言葉のかずかず。
映画のクライマックスには小三治師匠の落語「鰍沢」の模様がおさめられています。

監督のお話は文化放送「浜美枝・いつかあなたと」
2月15日(日曜) 午前10時30分~11時まで お楽しみに。

映画「小三治」は21日(土)から、「ポレポレ東中野」や「神保町シアター」などで公開されます。また映画のインターネット公式サイトもありますのでご覧ください。 

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投稿者: Mie Hama 日時: 08:12 | | トラックバック (0)

浜美枝のいつかあなたと ~ 板倉徹さん

文化放送・『浜美枝のいつかあなたと』
毎週日曜日・10時30分~11時まで「やわらかな朝の日ざしにつつまれて、今朝も素敵なお客さまを、我が家にお招きいたします」で始まります。

先日素敵なお客さまをお迎えいたしました。

板倉徹さん。
和歌山県立医科大学脳神経外科教授で「脳の専門家」です。

これまでも数多くの発言をされ、現在は著書「ラジオは脳にきく―頭脳を鍛える生活習慣術」(東洋経済新報社)が発売中です。番組の中では、人間が誰しも持っている「脳」。しかし、「脳」の機能はまだまだ未知数、計り知れないともいわれます。

「便利すぎる文明社会は脳を活性化させない」

特に脳の中の「前頭前野」はとても大切で人間の「やる気」にも関係がある場所とか。その「前頭前野」を鍛えるためには、「ラジオを聴く」「落語を聴く」など音経由で想像力を働かせる脳の使いかた・・・など、「ラジオの「ながら聴き」は脳によい」、「インターネットより新聞を読む方が脳にはよい」等など大変興味深いお話を伺いました。

日本は超高齢化社会にすでに入っています。

何歳になっても、はっきりした頭で生活したい・・は誰もが願うことです。

どんなことを心がけるべきか・・・ぜひ番組をお聴きください。

放送は2月1日(日曜)10時30分から11時までです。 

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投稿者: Mie Hama 日時: 10:27 | | トラックバック (0)

浜美枝のいつかあなたと ~ 井本一郎さん

文化放送 "浜美枝のいつかあなたと" (日曜午前10時半~11時)で毎週素敵なお客さまをスタジオに招いてお話を伺います。

「やわらかな朝の日ざしにつつまれて、今朝も素敵なお客さまを、我が家にお招きいたします」で始まり、これまで様々なジャンルでご活躍の方々のお話をお伝えしてまいりました。

今回は11月9日放送の小学館「千年語録 次代に伝えたい珠玉の名言集
」の担当編集者、井本一郎さんです。

井本さんは1961年東京のお生まれ。91年に小学館に入社され、「平家物語」「太平記」などの古典文学担当から、「週間ポスト」の編集まで、さまざまな部署を歴任。2005年から雑誌「サライ」の編集を担当され、昨年、創刊以来の名物連載「サライ・インタビュー」から108人の名言をまとめた「千年語録」を編集・刊行されました。

各界の著名人の味わい深い「言葉」を選りすぐって一冊にまとめた「名言集」です。副題に「次代に伝えたい珠玉の名言集」とあります。

89年創刊以来430人以上。その内108人が登場いたします。
アトランダムにご紹介いたしますが、後は本をお読みください。

■ 数奇屋大工 中村外二(なかむら・そとじ)さん
「まず音が違うんです。ノミ、ありますな。上手な大工は、カンカーンという音を響かせる。下手は、パーン、パーン。ノコギリでもカンナでもみな同じや。下手は音に力がない。間延びしとるんです。」

■ 行司 第二十八代目 木村庄之助(きむら・しょうのすけ)さん
「ただ勝ち負けにこだわり、星勘定しているだけではスポーツです。相撲はスポーツじゃなくて相撲道。戦っているときは獣でいいのだけれど、その前後は常に神聖な力人(ちからびと)でなくては。」

■ 精神科医 斉藤茂太(さいとう・しげた)さん
「賢い子育ては三つの「ゆ」が大切。ユーモア、ゆとり、勇気です。」

■ バイオリンの世界的指導者 鈴木鎮一(すずき・しんいち)さん
「すぐに親たちはこう言うんです。「うちの子はものになりますか」と。実利が保証されないと、子供に投資するのはもったいないとでも思っているんでしょうかねぇ。」

■ 落語家 柳家小さん(やなぎや・こさん)さん
「夫婦喧嘩をした時は、俺は早く家に帰るようにしてたよ。カミサンのほうも心得たもんで、ちゃんと旨い飯の支度をして待ってる。それでおしまい。夫婦喧嘩なんてそんなもんだよね。」

■ 詩人 田村隆一(たむら・りゅういち)さん
「努力しても一流になれるとは限らない。けれども、謙虚に努力をすれば二流にはなれる。一流の意味がわかる人のことを、二流っていうんだよ。一流も二流もわからない人を三流っていうんだから、二流と三流の間はもう無限大の距離だ。」

■ コラムニスト 山本夏彦(やまもと・なつひこ)さん
「オジサンなんて呼ばれて、どうして気にするんです?年齢なんて人間の上っ面で、相手にしなければいいじゃないですか。中身に少年少女の魂があれば、年なんてとる道理はありません。若さに引け目を感じるなら、試しに口説いてみたらどうです。そうすればわかる。きっと口説けます。もし口説けなかったら、それは年のせいじゃなくて、身から出た錆です。自分自身が空っぽだからです。」

■ フランス文学者 河盛好蔵(かわもと・よしぞう)さん
「物事を考えるためには、いつも自分の中にテーマを持つことが大切です。学者でなくても、一生の研究テーマを持っているかいないかで、人生の豊かさが大きく違ってきますね。」


いかがでしょうか。
まさに「珠玉の名言」ですね。


投稿者: Mie Hama 日時: 12:08 | | トラックバック (0)

浜美枝のいつかあなたと ~ 姜尚中さん

毎週、日曜日の10時半から11時まで文化放送にて、素敵なゲストをお招きしております。

やわらかな朝の日ざしにつつまれて、今朝も素敵なお客さまを、我が家にお招きいたします。で始まります。

今回は、政治学者の姜尚中さんです。

姜尚中さんは1950年、韓国からの移住者であるご両親のもと、熊本県のお生まれ。早稲田大学の大学院で政治学を学ばれたのち、ドイツ留学などを経て、現在は東京大学大学院情報学環教授。

政治学、政治思想史の研究者としてお仕事をされるかたわら、マスメディアでさまざまな社会現象について発言されています。

現在発売中の最新刊が「悩む力」。現代社会に生きる人間達へ向けて、姜尚中さんがさまざまなメッセージを投げかけた一冊です。

「考え方」「生き方」のヒントが示されています。

日本の小説家、夏目漱石とドイツの社会学者、マックス・ウェーバーの文章が引用され、姜さんご自身はこの二人からさまざまなものを学んだそうです。

1時間半ほどお話を伺いました。

熊本の子ども時代、「在日一世」の皆さんとの思い出。
お母様(オモニ)との思い出。

姜さんは、人間の知性には「ブリコラージュ」という形があると仰っています。

「伝統的な生活の知恵」

その知恵が現代社会では希薄になっているのかもしれません。

「自己チュー」と「自我」の違い。
「自分の城」を守ることは成長につながらない・・・・とも。
若い人たちが希望を持てる社会にするにはどうしたらいいか。

そして、姜さんご自身40代末ごろ、年を取ることが恐ろしい時期があったそうです。現在は「死」を引き受けて、「怖いものなし」と。

以前、姜尚中さんとは「姜尚中対談集-それぞれの韓国そして朝鮮 」で対談をいたしました。

韓国の道具、美、そして人々・・・・。
「白磁の陰影に感じるものがあった」と。

この番組も300回を超えました。

毎回、毎回、素晴らしいゲストのお話に、学ぶことが多々あります。

今回はご一緒に出演している寺島尚正さんが北京オリンピックの取材で日本を留守にされるため、早めに収録いたしました。

放送日は8月31日、9月7日の2回です。お楽しみに。

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投稿者: Mie Hama 日時: 15:38 | | トラックバック (0)

人生に、銀座に乾杯!

先日私が出演しております文化放送「浜 美枝のいつかあなたと」に素敵なゲストをお迎えいたしました。(日曜10時30分から11時まで)

銀座「BAR5517」の80歳で現役のチーフバーテンダーの稲田春夫さんです。

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「シェイカーは五感で振る」と仰います。

ただの技術ではなく、絵画や演劇など芸術に触れて感性を磨く。それをシェイクに生かす。

世界各国を歩き、後輩を育て、半世紀以上、シェイカーを振り続けている稲田さんに「良いバーテンダーの条件は?」と伺うと 基本に忠実であること・整理整頓・掃除。これが全ての基本。と伺いました。

ご著書「銀座バーテンダーからの贈り物」を拝見していると「12ヶ月のカクテル」が載っていました。

銀座バーテンダーからの贈り物
銀座バーテンダーからの贈り物稲田 春夫


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3月は"さくらさくら"シャンパンをベースにさくらのリキュール。花びらがグラスに揺らいでいます・・・ああ・・・飲みたい。収録後さっそく「BAR5517」に。

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静かに、静かに・・グラスに注いでくださいます。

東京の下町で生まれ、川崎で育った私にとって、銀座は憧れの街でした。16歳で女優になっても、銀座にはちょっと気後れするような響きがありました。銀座は大人の街。私にとって特別な街なのです。

その私に銀座の門を開けてくださったのは、画家の岩田専太郎先生でした。絵のモデルを頼まれたことがきっかけで、岩田先生は私を娘のように可愛がってくださったのですが、私が二十歳になったとき、岩田先生が誘ってくださったのです。「銀座に行こう」と。

そして、連れて行ってくださったのが当時、文化人が集まることで知られた銀座のバー。「この子に合うものをつくってやって」と黒服のバーテンダーに。あのときのカクテルはなんだったのか、残念なことに覚えていません。記憶に刻まれているのは、雑誌などに登場する文化人たちが、葉巻をくゆらせ、くつろいだ表情でなごやかに談笑する大人の空間に自分がいる不思議さを思いながら、ほんのりアルコールが加えられた、ちょっぴり甘いカクテルを、時間をかけてゆっくりと味わっていたということだけ。

そしてカクテルを飲み終えた私に先生は「ぼくはもうしばらく飲んでいくけど、君はもう帰りなさい」と車を呼んでくれたのでした。お話の中で、シンデレラは夜の12時までの魔法ですが、二十歳の私には、それよりずっと短い、夜9時までの銀座の夢気分だったのでした。

カクテルの味わいと同時に、大人の洗練と気遣い、銀座の優しさと豊かさを、二十歳になったばかりの私に岩田先生は、教えようとしてくださったのでしょう。以来、銀座は憧れの街から、私の大好きな街にと変わりました。

私がひとりの時間を過ごすために、訪れるのが、銀座六丁目にある上田和男さんのバー「テンダー」。 仕事を続けながら、育ててきた四人の子どもたちが、ようやく私の手を離れつつある時期。55歳の誕生日の夕方、家族との待ち合わせの前に「テンダー」によりたくなりました。

子どもたちが、まさに巣立っていくうれしさと寂しさが、私の胸の中で交錯していたのでしょう。これから私はどう生きようか、そんな思いがときおり、ふっと、胸をかすめたりもしていました。

あのとき、上田さんが私のためにつくってくださったカクテル。それは今でも忘れることができません。なにもいわずに、上田さんは見事にシェイクしたカクテルを私の前にすーっとさしだしてくれたのでした。透明感のある淡いピンクの色、口に含むと、ほどよく辛口で、ほのかなスイカの香りとともに、甘く、優しい味わいが広がって・・・。

"大人のスイート"とでも表現したくなるような味がしました。思わず「これはなんというカクテルですか」と尋ねると、上田さんはふっと笑みをたたえて「これは今、マダム・浜と名づけました」とおっしゃってくださったのです。

ウオッカ、グランマニエ、ライムジュース、ウォターメロンリキュール、グレナデンシロップをシェイクした、カクテルに、あの日どれほど慰められ、勇気づけられたことでしょう。

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大丈夫、そのままで。

そんなふうに、背中をそっと支えてもらった気がしました。そして、そんな粋な、素敵さが似合う銀座の魅力、その懐の深さ、温かさを、改めて感じました。

そう、春はカクテルが似合います。
 

投稿者: Mie Hama 日時: 01:30 | | トラックバック (0)

三浦三崎に春をもとめて

先日、文化放送「浜 美枝のいつかあなたと」(日曜10時30分から11時まで)の収録で三浦半島・三浦市に行ってまいりました。

三浦半島には、伝統的な食材ですとか、地域に調和した農業・漁業が今も息づいています。三浦・・・といえば「三浦大根」!私は自称"三浦大根を守る会"会長。会員は私ひとりですが・・・。

中太りで、昔ながらの白首。大きいのは長さ60cmほど、ずっしりとした重量感もあります。
味は当然ながら、最高。柔らかくて甘みがあり、煮物にすると、味がよくしみて美味しいのです。

我が家では家族みんな「三浦大根」が大好きで、毎年、季節になると生産者の方から直接送っていただいて、おでんのタネにしたり、フロフキ大根にしたりしています。

しかし、「三浦大根」は太らせるのに時間がかかり、しかも重い(太いと7キロくらい)というので、最近では東京などで見かけることがほとんどなくなりました。いまや、幻の大根・・・といっていいほど。

作り手も次第にへっているそうです。

大正14年に三浦産のダイコンが「三浦ダイコン」と正式に命名されて以来、三浦特産の冬大根として長年にわたって名声を維持してきました。

しかし、昭和54年の10月に大型20号台風が三浦地域を襲い、三浦大根が大きな被害を受け、これをきっかけに、「青首ダイコン」が三浦のダイコンの座に取ってかわるようになりました。

今回は生産者の木村陽子さんにお会いしに伺いました。

文化放送の寺島尚正アナウンサーが畑から抜いた大根は7キロもあり、びっくり。

木村さんとは20年来の親友。

日本全国を旅する中で、その土地ならではの野菜に出会うことが、しばしばあります。木村さんの畑には春の風が爽やかに抜け、帰りにキャベツ・ブロッコリーなど頂いてしまいました。

寺島さんは早速帰宅し、家族にキャベツの千切り・塩もみ、芯は餃子の中身・・と料理したそうです。えらい! 

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投稿者: Mie Hama 日時: 10:24 | | トラックバック (0)

浜美枝のいつかあなたと - 野村万作さん

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私の出演している 「文化放送・浜美枝のいつかあなたと」日曜10時30分~11時に先日、和泉流狂言師で人間国宝の野村万作さんをお客さまにお迎えいたしました。

野村万作さんは、1931年、六世の野村万蔵さんの次男として東京にお生まれになりました。

三才のとき「靭猿」の子役で初舞台。以来、これまでに、三番叟、釣狐、花子(はなご)など流儀にあるほとんどの作品を上演されてきました。

当代の人気狂言師、野村萬斎さんのお父様でもいらっしゃいます。大変興味深く、示唆にとんだお話でしたので当日伺ったお話を。

そして、1月17日には宝生能楽堂で「野村狂言座・歌争」を拝見いたしました。

春ののどかな風景を背景に、とぼけた味わいのある作品を見事に演じられ、野村万作さんの鍛錬され尽くした芸を堪能いたしました。

狂言の稽古は、親から子へ・・代々受け継がれてゆくもので、万作さんは子供の頃、お祖父さま(先代萬斎)から稽古を受けられたそうです。狂言の稽古は親子の間柄だと、どうしても厳しくなってしまい、お父様の稽古は厳しく、お祖父さまは優しい記憶があるそうです。今は孫の裕基君(小学生)の稽古もつけるそうです。

万作さんは今も年間200回ほどの舞台を勤められ、健康法はまさに舞台の本番とそれにそなえての稽古が健康の源かもしれません。

野村家では、1950年代から、さまざまな海外公演を行ってきました。フランス・イタリア・ソ連・ギリシャ・ドイツ・中国・・・1963年にはシアトルでアメリカ人に狂言を教えたとのこと。狂言には型があるが、「父の舞台は自在だった。そこに自由を感じた。共演して、酒盛りのシーンを演じる。父親は、飲むふりをしているのに、顔が赤くなって、酒のにおいがするようだった」古典なのだが、自在に演じていらしたそうです。

野村万作さんは、いまから10年ほど前・・・60代の半ばの頃、稽古場に飾ってあった表彰状や記念品をすべてしまったそうです。

それは過去の栄光にすがるのではなく、つねにゼロからはじめるという決意。

「父、六世万蔵も「肩書き」や「権威」を嫌い、つねに庶民の立場で狂言を演じた。決して偉くならない人だった」・・・と。

その姿を思い出し、自分もゼロから狂言に取り組みたいと・・・。

このお話に、万作さんの本質が見えました。

人間国宝、まさに国の宝でありながら、「偉く」ならずに、狂言の道を研鑽する・・・。

厳しく、そして優しい人柄を感じさせてくださる野村万作さんでした。

投稿者: Mie Hama 日時: 01:00 | | トラックバック (0)

ラジオな日々 (文化放送4月15日放送分)

今回ご紹介させていただくのは、脚本家で作家の藤井青銅さんの最新刊「ラジオな日々」です。会社員時代に「星新一ショートショートコンテスト」に入選したことをきっかけにラジオの放送作家として大活躍することとなる藤井さんの自伝的な小説であり、大変素敵なゲストをお迎えすることができました。


-80’s RADIO DAYS-
サブタイトルにもあるように80年代はラジオ全盛の時代でした。放送作家出身の作家や文化人が綺羅星の如く顔を揃えており、ラジオは多くの人にとって憧れであり、青春そのものでした。そんなラジオの世界の真っ只中にいらしたのが藤井さんです。

「夜のドラマハウス」「オールナイトニッポン」あの時代を共有する世代にはドキドキするほど懐かしい響きです。当時のラジオは、手作りでした。喫茶店を転々としながら手書きで原稿を仕上げ、それをラジオ局に持ち込んで番組が作られていく様子が生き生きと描かれています。IT化が進んだ現在では考えられないような暖かい空気感がそこにはありました。IT化により双方向型のコミュニケーション手段が発達したと言われますが、電波の先には、たくさんのリスナーがいて、その声がハガキや電話で帰って来ます。ハガキや電話の声には豊かな表情がぎっしり詰まっているのです。

私もそれを日々感じながら、長年ラジオの仕事を続けさせていただいています。そして、それを支えてくださっている、放送作家をはじめ、スタッフの方々の奮闘を見ると、その精神はあの頃と変わらない。そう嬉しく感じるのです。これからも、それを忘れずにいようと思うのです。

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投稿者: Mie Hama 日時: 12:54 | | コメント (0)

食べる落語

脚本家であり、伝統芸能のジャンルで多くの作品を発表されている稲田和浩さんをお迎えしました。
最新刊「食べる落語 いろはうまいもんづくし」をご紹介させていただきます。

落語に登場する食べ物に焦点をあて、それぞれを落語の面白さとともに解説していらっしゃいます。食べ物に興味のある方はもちろんのこと、落語にまだ馴染みのない方にも是非読んでいただいて落語への入門書としていただきたいと思います。また、江戸の文化風習を知る本としてもおすすめです。

落語に出てくる食べ物、有名なところでは、やはり蕎麦、鰻、秋刀魚、メザシといったこころですよね。それ以外にも、鍋焼きうどん、羊羹、焼き芋、そして、「はんぺん、はす、芋を甘辛く煮たものを丼に二杯」。。お腹がすいてきそうです。

江戸には、精米屋がいて、白米を食べていたこと。それ以外のおかずは味噌汁や漬物ぐらいで質素だったこと。住宅事情により、意外にも外食産業が発達していたことも知りました。ベトナムやタイ、インドネシアなどの国々を訪れると、今でも同じような路地の風景に出会います。

「早朝は、あさり・しじみ、豆腐、納豆。朝になると八百屋、昼間は飴屋、ゆであずき屋、それから屑屋なんかも来て、夕方にはまた旬の食材を売りにくる。夜中は、夜鷹そば、鍋焼きうどん、深夜には稲荷寿司。こうして長屋の一日が過ぎていったのである。」

現代より質素な食事でも、そこに豊かさを感じます。旬の食べ物と地産地消。今私たちが必死に取り戻そうとしていることが、当たり前のようにそこにあったことを思い知らされます。

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投稿者: Mie Hama 日時: 13:29 | | トラックバック (0)

京須偕充さんをお迎えして

お父様は東京で二代目、お母様は四代目の江戸っ子。というわけで、京須さんは足して二で割っても、四代目の、つまり生粋の江戸っ子です。

本職はCDの録音制作のプロデューサー。特に落語には造詣が深く、六代目三遊亭圓生の「圓生百席」をはじめ、古今亭志ん朝、柳家小三治などの録音も担当なさり、本職以外でもTBSの「落語研究会」の解説もつとめ、「古典落語CDの名盤」などの著書もしるされていらっしゃいます。
そんな京須さんがこのたびお書きになったのが「とっておきの東京ことば」。この本の中には、懐かしい東京ことばがぎっしり入っています。

「自分の家で炬燵に入ったまま、相撲の本場所を見られるなんて夢にも思わなかったよ。いい世の中になったもんだ」

「遠くて近いは男女の仲、近くて遠いは田舎の道って言うけど全くだね。五分ぐらいで着くっていうからそのつもりで歩いたんだがね、どうしてどうして、たっぷり十五分もかかるんだ。一杯食っちまったよ」
  
「このごろは、どういうものか挨拶が変わってきたね。玄関開けて、『こんちは』だの『おはようござい』っていうのはまァ悪かァないんだが、『ごめんくださいまし』ってのを、ついぞ聞かなくなったねぇ」
「そう言えばそうだねえ。大威張りで入って来るってわけでもないんだろうが、ごめんくださいぐらい言えなくちゃ、ま、お里が知れるってもんさ」

「儲かるそうだよ、やってみるかい」
「ごめん蒙りましょう。うまい話は危ないから」

目で読むだけでなく、声に出してみてください。耳に心地よく、いいまわしが本当に洒落ているでしょう。
話し手がどんな暮らしをしている人なのか、どんな考え方をしている人なのか、どんな心意気を持っているのか、などなど、これらの会話から、伝わってくるような気がしませんか。

昭和三〇年代、東京オリンピックくらいまでの東京では、こういう豊かな言葉を生き生きと人々がやりとりしていたのですね。
今、東京で話されている言葉は東京ことばではなく共通語。やはり、比較すると、暮らしの肌触りがするりと抜けてしまっているような感じがします。暮らしから自然に生まれてきたことばと、そうでないものとの違いでしょうか。

東京ことばは「べらんめぇ」口調だと思っている人が多いことを、京須さんはとても残念がってもいらっしゃいました。
江戸東京の本来のことばは、相手を気遣い、尊重し、まずは柔らかく繊細丁寧にやりとりするもの。ことをあらわにせず、お互いのことを察しあい、譲り合い、必要があれば相手を傷つけることなく断り、きれいにことをおさめる……それが洒落や粋に通じていくのだとか。それでも通じなかったときには、辛らつな皮肉やちょっとした悪態をつき、それでも通じなければ、はじめて「べらんめぇ」に至るのだそうです。京須さんいわく、「朝から晩までべらんめェじゃ、「江戸文化」が聞いて呆れらァね」

東京ことばが失われていくのは、東京がかつてもっていた人と人とのおつきあいのあり方が消えていくというのと同意義だとも感じさせられました。なんとかして、東京ことばを残し、復活させられないものかしら。下町育ちの私としては、いてもたってもいられないような気持ちになってしまいました。


とっておきの東京ことば
とっておきの東京ことば京須 偕充


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投稿者: Mie Hama 日時: 21:02 | | トラックバック (0)

小松政夫さんをお迎えして

「どうして! どうして! おせーて!」「もう、イヤ、こんな生活!」といったギャグや「しらけどり音頭」、淀川長治さんのものまねなどで人気のコメディアンであり、同時に最近では本格的な演技力が求められる芝居でなくてはならない個性ある俳優としても活躍なさっている小松政夫さん。
その小松さんが「のぼせもんやけん」(竹書房)という本を出版されました。
小松さんはお父様を早くになくされ、俳優をめざして上京したものの、生活のために働くことがまず必要だったため、魚河岸の若い衆を振り出しに、さまざまな職業を転歴、自動車のセールスマンとなりました。そして植木等さんの付き人兼運転手として芸能界に入られました。
この本には、小松さんが植木さんの付き人になられるまでのことがまとめられているのですが、そのおもしろいことったら、ありません。おもしろいばかりでなく、私はぺージをめくるごとに、懐かしさでいっぱいになりました。ああ、こういう人がいた。こういう町の風景があった……。昭和30年代の活力ある日本がどのページからも濃厚に香ってくるのです。

「ブル部長はモーレツな人でした。自分にも他人にも厳しく、仕事一筋に生きた人です。こういうとんでもないバイタリティとこだわりを持った人たちに、日本は支えられていたんだと思います。日本はぎらぎらと燃えていました。明日という明るい未来を信じて猪突猛進しておりました」(小松政夫著「のぼせもんやけん」より)

私も、中学を出てすぐにバス会社に就職。バスの車掌となりました。毎朝5時前に起きて、炭火を入れたコテをおこし、制服の白襟をピンとさせて、6時前には出社。バスの掃除をしました。私の担当するバス路線は、工場との往復で、朝早くから工場勤務の人がのってきました。終バスは遅くまで工場で働いていた人でいっぱいでした。汗と油でどろどろになった作業服を着て、座席に座るなり、窓ガラスに頭をつけて腕を組んで、こっくりこっくり、寝てしまうんです。でも、みんな、同じ時代に働く仲間というような気持ちがあったような気がします。そして、みんな、まっとうに働けて幸せだと思っていたようにも感じます。

私は、クレージーキャッツの映画にたくさん出演させていただいたので、当時植木さんの付き人であった小松さんとも顔なじみでした。いちがいに昔がいいなんていう気持ちはありませんが、シンプルで素朴で、誰もが希望を持ちうる時代が昭和30年代だったような気がします。今、昭和30年代がブームというのも、時代が持っていたあの活力とあたたかさに惹かれるからなのではないでしょうか。
ラジオの収録では、本を書いた思いなどを語っていただきました。お互い、同じ時代を生きてきたものですから、話が弾んで……。枠内におさめるために、泣く泣く切ってしまった話もたくさん。もっともっとみなさまにお聞かせしたかった……。

とにかく元気が出る本なので、ぜひ、本屋さんで見かけられたらお手にとってみてください。ラジオの収録後、「小松政夫とイッセー尾形びーめん生活2006in東京」を拝見しました。これは、現代に生きる人間たちの姿を描くオムニバススタイルの二人芝居。小松さんはその中で、初老になってキャバレーの呼び込みに雇われた男、どこか陰のあるバイオリニスト、妻に養ってもらっている自称小説家、そして、何十年間もロシア演劇だけを上演している劇団のベテラン女優を演じていました。思い描いていたような生活から、どこかで道を外れ、人生の旅路に迷っているような人たち。それは、現代人が心のどこかにその存在を感じている「自分の姿」でもあるかのように思えました。人生の味は苦い、しかし、捨てたもんじゃないというメッセージをいただいたように思います。

のぼせもんやけん―昭和三〇年代横浜 セールスマン時代のこと。
のぼせもんやけん―昭和三〇年代横浜 セールスマン時代のこと。小松 政夫

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投稿者: Mie Hama 日時: 19:07 | | トラックバック (0)

高田宏さんをお迎えして

1990年に読売文学賞を受賞した高田さんの名著「木に会う」を読んだときから、高田さんは、気になる存在でした。前世は木ではなかっただろうかと思うほど、私は木に深く引かれていて、大きな木に出会ったりすると、幹に手をあて、木肌に耳をつけて木の鼓動を感じずにはいられないようなところがあるのです。
人間の歴史に向き合い、生命ある樹木に直接触れ合いながら、木とともにある文化、木とともにある生活、木とともにある生命への思いを綴った高田さんの「木に会う」は、以来、私にとってかけがえのない1冊となりました。
このたび高田さんが「木のことば 森のことば」と知り、早速拝読し、ゲストとしてお迎えすることができました。この本も、読み進むうちに、今、自分が森の中にいるような、木と対峙しているような、そんな気持ちにさせてくれる1冊です。美しさと荒々しさをあわせ持つ森。木や生き物が発する生命の息吹が満ちた森。森という自然のドラマについても、あますことなく教えてくれます。
高田さんは、低く静かに話される方でした。こちらが一心に耳を澄まさずにはいられなくなるような、そんな魅力がありました。高田さんは、森にあっても、木を前にしても、こうして語りかけ、たぶん、私がそうしたように、耳を澄まして、森や木の声を聞いていらしたのではないでしょうか。木や森と共鳴する高田さんの言葉は強く優しく、私の胸に、しみわったっていくかのようでした。きっと、リスナーのひとりひとりの胸にもしっかり届いたのでは。
この本は、人間の生き方をも考えさせてくれる1冊です。本屋さんで見つけたら、ぜひお手にとってみてください。

「わたくしたち木は 
争うことなく生きているのでございます。
嵐の日 強い風に枝を吹き折られることもございます
雪の日 雪の重さで枝を折られることもございます
それでも わたくしたち木は
優しい大地に根を張って
静かに生きているのでございます
(中略)
あなたがた人間は忙しく動きすぎるのではありませんか
ときどきはわたくしたち木のそばにおいでになって
静かに休んでみたらいかがでしょうか
わたくしたちのように争わないで静かに生きてみたらどうでしょうか
あなたがたがわたくしたちの幹に手をあててくださるのを
わたくしたちはいつも待っているのでございます」
(「木のことば森のことば」1章「木のことば」より)

木のことば・森のことば木のことば・森のことば
高田 宏

筑摩書房 2005-10-04
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投稿者: Mie Hama 日時: 22:39 | | トラックバック (0)

『浜美枝のいつかあなたと』-文化放送

2001年に始まった「浜美枝のいつかあなたと」
文化放送・日曜日朝10:30~11:00)が5年目を迎えようとしています。
その前の番組「浜美枝のあなたに逢いたい」(文化放送)から数えると、
私がラジオの番組のパーソナリティをつとめてから、はや、8年がたちました。毎回、ゲストをお迎えして、さまざまなお話をお聞きしています。
番組をはじめた当初は、こんなに長く続くとは思わなかったのに、今ではすっかり、ラジオのおもしろさに目覚めてしまい、収録が毎回、楽しみです。
ラジオは、リスナーとパーソナリティがある種、とても近いんですね。
ラジオはリスナーとパーソナリティが、ごくごく密な関係になれるメディアなのでしょう。ゲストとパーソナリティの関係もそう。ゲストもナチュラルに、お話しくださいますし、私も構えず、力まず、いつもの自分と同じ感覚で、
質問したり、感心したり。リスナーからいただくお手紙からも、私と同じ気持ちでいてくださることがわかって、嬉しくなることもたびたびです。
これまでに、多くの素敵なゲストとお目にかかってきました。1回きりの放送ではもったいないような素晴らしいお話もたくさん。そこで、このコラムでは折にふれ、とっておきの放送秘話をご紹介したいと思います。

投稿者: Mie Hama 日時: 22:30 | | トラックバック (0)