2008年4月のアーカイブ

Mie's Living

柳青める日の築地散歩

都会の隅田川沿いにかつて仕事場があったせいでしょうか、たまに築地界隈を散歩したくなります。ゴールデンウイークのある日、周辺を散歩しました。お休みの日は静かでお散歩には最適です。
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この頃思うのですが、都会であっても、ちょっとした空間に花や木など緑がずい分豊かになったと思いませんか。地下鉄の階段を上がったところなど小さなスペースながら花がキレイに寄せ植えされていたり・・・。住宅の庭や軒先、商店の傍ら、幼稚園の園庭、小学校の庭にも。五月の光のまばゆさが緑に照りかえして、本当にキレイです。

この季節、この時節、不況のさなかにあって、失業中の方々や会社が困難な事態に陥っていらっしゃる方もおられる昨今、あふれるばかりの陽射しや花々は沈みがちな方々の気持ちをいくらかでも安らかにしてくれるかもしれません。

植物は人間なしでも生きてきました。もちろん丹精込めて、人に作られたものも多いのですが、彼らの多くはひとりで生命を永らえてきました。ひるがえって、人間は果たして、緑や花などなくても生きていけるでしょうか。これは絶対にありえません。有史以来、人間は植物なしで生きてこられたためしはないのです。樹木の恩恵のもとに私たちは生かされているわけです。

光さんさんの中、緑が豊かに生い茂る木の下を歩くのは本当に気持ちのよいことです。

築地界隈は近年、大きな変貌を遂げています。

明石町小学校の跡地にはマンションが建っていました。その入り口に、なんとガス燈が!明治の名残が一燈だけ残されていました。記念碑のように立っているそのガス燈は、東京市の銀座れんが街の完成を機に芝・浜崎町にガス製造所が設けられ、京橋から金杉橋にガス燈85基が設置されたのが東京での始まりだそうです。
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それ以前、横浜の居留地では明治五年にガス燈が灯っています。明石町小学校跡地に当時のガス燈が一基残されておりました。高さ三・四メートルの鋳鉄製。西洋の香りがするデザインです。近くには当時の建築様式の教会など。今から百三十年以上も前のこと。

現代は、みんな見える明るさが求められますが、かつては見えないことも「見える」ことのニュアンスが含まれていたのではないでしょうか。闇、ほのぐらさ、手さぐり、ぼんやり、おぼろ、・・・明治から平成へ。明るさと暗さの間にある情緒も大きく変化し、人間の心の機微も少なからず当時とは違ってきていると思います。

ガス燈といえば、霧のロンドンを舞台にした名画「ガス燈」。

私は名画座で昔みたのですが、1944年の映画でした。なんと私の生まれた翌年の映画。自分でいうのもイヤですが、ずいぶん昔の映画ですね。それにしてもイングリット・バーグマンの美しさにはため息がでました。

気持ちよい風にふかれて、築地市場へ。
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子どもが幼かった頃、お正月のおせちの食材を抱えきれないほど持って箱根の我が家に帰ってきましたっけ。お昼は市場の中の"てんぷらや"さんで「かきあげ丼」。

帰りはある歌を口ずさんでいました。

柳 青める日 つばめが銀座に飛ぶ日
誰を待つ心 可愛いガラス窓
かすむは 春の青空か
あの屋根は輝く 聖路加か
はるかに 朝の虹もでた
誰を待つ心 淡き夢の町東京

「夢淡き東京」 この曲は昭和21年 
作詞/サトウハチロー
編曲/古関裕而作
歌/藤山一郎

隅田川べりは遊歩道が完備されています。川の流れをゆりかもめがかすめる季節。そして、びっくり・・・。銀座にはもっとたくさんの柳が残っていると思っていたのですが、ハナミズキや他、華やかな木々に変わっているのですね。
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でも西銀座通りは柳並木が。
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5月5日は「銀座柳まつり」が開催されます。五月、川の流れさえ淡き町、東京です。


投稿者: Mie Hama 日時: 11:19 | | トラックバック (0)

箱根のコメザクラ

箱根の山々のコメザクラが満開になり、可愛らしい花は恥ずかしそうに下を向いて咲いているのです。早朝の山歩きでこの1週間存分に楽しませてもらいました。

今日の雨で散ってしまうのでしょうね。

満開の桜の下に立つと、何故か不思議なことに、その下で眠りたいと思うことがよくあるんです。

「何故そんなことを思うのかしら、不思議ですね」と、以前、作家の水上勉先生にお話すると、先生は、「桜は、散ってさくからね。生命が長いと思わせますね。春がめぐってくれば必ず咲く。そういう生命の長さというものに安心するのじゃないかなぁ。散るはかなさではなく、散ってまた咲くことに、憧れるんですよ」とおっしゃいました。

花の命ははかなくて・・・などという言葉もありますが、たしかに人間の生命のほうがずっとはかない。桜の花は毎年春が来れば必ず生き返って咲きます。「散る」とは「咲く」こと。樹齢何百年という木々の桜が花を満開に咲き誇らせている姿に、私たちは生命の永遠を感じ、そのことに深く安堵するのでしょうね。

岐阜と富山の県境にある御母衣ダム。いまから40年ほど前に、庄川上流の山あいの静かな村々が、巨大なロックフィル式ダムの人造湖底に沈むことになったのです。350戸にも及ぶ人々の家や、小・中学校や、神社や、寺、そして木々や畑がすべて水没していく運命にある中で、樹齢400年を誇る老桜樹だけがその後も生き残り、毎年季節がめぐるたびに美しい花を咲かせ続けることをゆるされたのでした。

桜へのひたむきな思いによって荘川桜の移植を成功させた男たちの姿を水上先生は、小説「櫻守」にかかれました。

そして私がはじめて御母衣ダムに荘川桜を見にいったのは、いまから30年ほど前、移植されてからすでに何年か経った春のことでした。

湖のそばにひときわどっしりと立つ老い桜。ああこれがあの桜・・・と。

樹齢400年の老桜とは思えないほど花が初々しかったのが、とても印象的でした。

毎年4月25日頃から5月10日ころまで、庄川桜の壮麗に咲き誇る姿は、その木の秘められた歴史を知るものには格別感動的です。

ふるさとは水底となり移り来し この老桜咲けとこしえに   
                            高碕達之助

花が美しければ美しいほど、一方でとても哀しくなるのです。

私が行ったときも、満開の桜の木の下でじっと座り続けているおばあちゃんを見かけました。

あの時、おばあちゃんは先祖が育てた木をみながら、桜の木を相手に、村の思い出話を語り合っていたのかもしれません。

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投稿者: Mie Hama 日時: 00:44 | | トラックバック (0)

NHKラジオ深夜便-「大人の旅ガイド・徳島県上勝町」

まだ、花冷えのする頃。日本の農山村を旅すると、ようやく目に若葉が萌え立ち、太陽の光が眩しく感じます。季節の変わり目に旅をすると、日本列島の形がなんていい感じに寝そべっているかが分かります。

一番早い桜を沖縄で見て、四国で見て、関西で見て、そして東京は満開の桜が散り始めました。

私の住む箱根の山桜の見ごろはゴールデンウイークの頃。

今夜ご紹介する町は徳島県上勝町です。

今、日本列島過疎化が進み、美しい村々が消えてゆく・・・・と言われますが、今夜は素敵に元気な町をご紹介いたします。「そうだ、葉っぱを売ろう!」で過疎の町が、どん底から再生したのです。

私が上勝町を訪れたのは、満開の山桜がぼんぼりのように、山々を彩っている、春でした。南天、桃、柚子・・・町のいたるところに、さまざまな花が咲き乱れていました。そして、お吸い物のなかで柚子の花が開く美しさを、私ははじめて体験したのでした。

上勝町が「彩り」という新しい産業を生み出し20数年。今や、上勝町は美しい盛り付けには欠かせないあしらいの産地として、全国に知られるようになりました。

急峻な中山間地域である上勝町が、高齢化と過疎の進む厳しい状況の中、若い農林業の後継者を得るために、経営的になりたつ農林業をめざすために、恵まれた豊かな自然を生かす花卉産業に着目したというところの素晴らしさを、改めて、思わずにはいられません。

村おこしや、ブランド野菜つくりといった取り組みは、今も全国津々浦々で行われていますが、どこかの町で成功した例を模倣してしまう例のいかに多いことか。しかし、上勝町では模倣ではなく、自分たちの地域の特性を知り、そこで働く人々の顔を思い出し、さらには、現代のニーズにどんなものがあるかということを考え、この新事業を起こしました。他に例のない、オリジナルな事業です。 

ある日1冊の本が私の元に送られてきました。徳島にある立木写真館が創立123年を記念して自費出版した「いろどり おばあちゃんたちの葉っぱビジネス」というムック本でした。そこにはおばあちゃんたちの、笑顔・笑顔・・・笑顔!

上勝町は徳島の山間地域にある。かつてはミカンの町でした。しかし、昭和56年の記録的な大寒波により町の主要産業だったミカンの木が全滅していまいました。いつもの年なら、4月、5月はみずみずしい新緑におおわれるはずのミカン畑は見るも無残な枯れ木の山になってしまいました。その後、高齢化と過疎化が進み、地域の活気は失われつつあったとか。

転機は昭和61年、農協{現JA}の営農指導員であった人が、大阪に出張した折、あるお寿司屋さんで食事をしていたら、ひとりの女の子が出てきた料理についている赤いモミジの葉っぱをつまみ上げて 「これ可愛い!きれいねー」「水に浮かべてみてもいいわねー」「持ってかえろー」・・とハンカチにそっと赤いモミジの葉っぱをしまう姿に「これ、可愛い?こんな葉っぱが?」

こんな葉っぱ上勝の山に行ったらいくらでもあるのに・・・。

そこでひらめいたそうです。「そうだ、葉っぱだ!葉っぱがあった!葉っぱを売ろう!」

売れる葉っぱと売れない葉っぱの違いの研究、見栄えのいいパッキングの工夫など、上勝町のおばあちゃんを中心に理解を深め、技術向上に努め、その一方で販路も積極的に開拓していきました。「彩」を立ち上げ忙しくなってくると、上勝の町の様子は変わっていきます。

年金暮らしだったお年よりは「彩」で収入ができて所得税を収めるようになり、毎日のように行っていた診療所やデイサービスも、忙しくてもう、それどころではありません。笑顔が満載されている本を眺めながら、自分が必要とされるときに、人は内なる自信を見出し、心の底から笑うことができるのだなぁと感じずいられない現役の笑顔です。

今では商品のメニューは200を越したといわれます。

自分たちの足元を見つめ、地域の特徴を生かした、産業を見つけ出したのです。地に足のついた、無理の生じない、新産業の発見といっていいでしょう。

だからでしょうか。私が町に伺って、感じたのは、"この町はどの世代も、男女を問わず、はつらつと元気いっぱい暮らしていらっしゃる"ということでした。

上勝町で、ふと思い出した言葉がありました。

美術教育で知られる山本鼎の言葉です。

「自分が直接 感じたものが尊い、そこから種々の仕事が生まれてくるものでなければならない」

上勝町には美しい景観が保たれています。

百間滝・・・間近まで歩道が続いていて、春の新緑と流れ落ちる水のコントラストが美しい

殿川内渓谷・・・清らかな渓流と流れに沿って新緑のなかでの渓流釣り棚田の美しさは急峻な山上まで石積みがなされ、先祖の英知が感じられます。

慈眼寺・・・四国霊場20番目鶴林寺の奥の院。お寺の周辺は桜・ツツジ・紅葉の名所として、巡礼者がたえることがありません。

地元の人にとっては見慣れた日常の風景でも私たち旅人にとっては、美しい農村景観は宝です。しかし、その農村の景観は営農を通してつくられる四季折々の景観です。都市生活にちょっと疲れたら、しばしの休息。

そこにそぐわない看板や耕作放棄地、ミニ都市化は宝を失うことですもの・・・旅人は心して、旅をしたいですね。都市と農村がもっと交流することで、"日本のふるさと"はまもられると思うのです。

旅の足
 徳島空港~徳島駅  バスで約30分{430円}
 徳島駅~上勝町   バスで約1時間半
 車の方は
 徳島駅から国道55号~県道16号、新坂本トンネルを抜け上勝町へ。
 バスご利用の方は
 徳島駅前発{徳島バス}横瀬西行
 横瀬西より{町営バス}乗り換え役場本庁前下車。
 町内はフリーバスです。

投稿者: Mie Hama 日時: 09:55 | | トラックバック (0)

山桜

山桜の蕾が・・・。

東京のぽかぽかと暖かい陽気とは箱根はちょっと違い、朝晩はまだ少しの冷え込みが感じられます。

先日、仕事の合間をぬって千鳥が淵の桜を愛でてまいりましたが、私の住む箱根は山桜が蕾を開きかけております。まだ、箱根は春到来・・・に少しの時間が必要のようです。

居間の窓から見える富士山は今日も真っ白な雪の帽子をかぶっているし、朝、庭に出て日陰の霜柱を踏む音に、ふっと、いつにない寂しさを覚えたのは、この箱根の長い冬の暮らしのせいでしょうか。

子どもたちの巣立ちを見届けた母鳥は早朝の山歩きの途中で鶯の鳴き声に、そっと耳を傾け、安堵しながらも、そこはかとない孤独感のなかで春を待ちわびているのです。

子育ての時代を卒業して、「正真正銘自由の身よ」・・・と爽やかな開放感に浸っている私。

親元を離れて暮らしている子ども達。

私は不安など微塵もなく、仕事への夢と希望の日々ですが・・・。

ちょっと、寂しい・・・。

「ママが寂しいなんて、全然似合わないわ。明日も仕事でしょう。頑張って」と凛としたその声に、母親の私は、娘がいつの間にか甘える側から甘えられる側にまわっていることに気づいて、ジンと感慨にひたります。

山の桜が開花したらご報告いたしますね。

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投稿者: Mie Hama 日時: 23:12 | | トラックバック (0)

四月は、ひとり、発つ日

新入社員らしき若い人が目につきます。

女性はグレイのスーツに白いブラウス、男性は濃紺やチャコールグレイのスーツ。昨日まではラフなサンダルを履いていたお嬢さんも、今日はおとなしいパンプス。

染めていた髪の毛もすっかりもとの黒い髪に戻して、晴れて正社員として登場しました。電車の中で見かけた何人かの新入社員らしき人は、全身で緊張していました。

そんな新人さんのソワソワも初々しく、陰ながら、"頑張ってね"と心の中で応援させて頂きました。

私は好きな言葉はたくさんありますが、中でも私が大切にしているのが、月並みではありますが,「ありがとう」と「どうぞ」という言葉です。

仕事柄、旅にでることが多いのですが、はじめての土地であっても「ありがとう」あるいは「どうぞ」というたったひと言がきっかけで、暖かい人と人の絆が生まれます。

それは国内だけには限りません。世界中のどこであっても「サンキュー」「プリーズ」「メルシー」「シルブ、プレ」と声にするだけで、人は笑顔になり、その場に優しい空気がふんわりと生まれます。そうしたときには、こんな優しい言葉をもっているありがたさに、感謝の気持ちが私の胸に溢れます。

どんな時代でも、顔と顔を見つめて会話を交わすという、生のコミュニケーションを大切にしたいものです。

生のコミュニケーションは、私たちを切磋琢磨してくれます。心優しく暮らすためにも、温かなコミュニケーションが不可欠です。

「ありがとう」「どうぞ」・・・という言葉を、意識して日に何度も声にしてほしいと思います。声にすると言葉が相手だけでなく、自分自身をも優しく包んでくれるのを感じるはずです.

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投稿者: Mie Hama 日時: 09:10 | | トラックバック (0)