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「食・農・環境フォーラム、地産地消を考える in 沖縄」

先日、沖縄に行ってまいりました。

「食・農・環境フォーラム、地産地消を考える」に参加いたしました。
(主催:琉球大学農学部、琉球新報社)

フォーラムは、全国の国立大学農学部長会議の沖縄開催を契機に、市民向けの食・農・環境を考えるフォーラムを開催し、食の安全や地産地消、地元食材の見直し、環境破壊の元凶とも指摘される農業の環境対策などを議論する・・といった趣旨でした。

私の基調講演は「おいしい!を育てる食卓」

パネルディスカッションはパネリストとして琉球大学の先生方と那覇高校2年の学生さん2名。JAおきなわの方。コーディネーターは前泊琉球新報社論説副委員長。

活発な議論がおこなわれそれぞれの専門分野のお話、現場の声としてJAおきなわ経営管理委員の発言など、大変勉強になりました。また若い高校生の率直な意見に、会場も大きくうなずいておられました。
 
会場には40名の那覇高校の1年生が、私の講演を「家庭科」の授業として聞いてくださるとのこと。大変緊張いたしました。

私も4人の子供の母親です。

人が生きていくときに必要不可欠なものとして、衣食住があげられますが、
中でも食がもっとも大切なものではないでしょうか。

食べ物で人は作られ、育まれていきます。
今、沖縄の食が揺れています。
高校生はそのような現状をどのように捉えてくれるでしょうか。

沖縄料理は豚肉を中心に肉類をヘルシーにしっかり摂取して、緑黄野菜、豆腐に代表される豆類、海草類をたっぷりと取るバランスの取れたまさに「長寿食」。そうした食生活が沖縄の健康と長寿を支えてきたのです。

しかし、残念ながら男性は過去形になってしまいました。男性の全国平均寿命は2000年には26位になり沖縄クライシスと呼ばれました。データを見ると、沖縄の長寿を支えているのは65歳以上の男性と女性で、中年以下の男性は短命化の傾向にあり、高齢者が伝統的な沖縄の食文化を維持しているのに比べて、中年より若い人たちは、欧米型食生活、肉が飛びぬけて多く、野菜類は伝統食に比べてぐっと少ない。炭水化物も少ない。こうした食生活を続けると、高血圧や糖尿病といった生活習慣病を引き起こしてしまいます。

これは大人だけの病気ではなく、心配されているのは子どもの肥満。運動不足、ジャンクフードが好きだから、三大栄養素は取り過ぎになり、副栄養素が不足してしまっているのです。

また、食事の在り方も問題になっています。
最近の食卓の実態を表すのに「こ食」という言葉があります。

まず孤独の「孤食」。
家族バラバラに食事を取ることが多い。
沖縄でも大家族から核家族化が進んでいます。

二番目は個人の「個食」。
家族で別々のメニューを食べる食事が増えている。家族が同じメニューを食べるのは、精神的に食育の面でも、とても大切だと私は思います。同じ釜の飯、という言葉がありますが、同じものを食べることで、家族の絆はより固く育てていくことができますし、また、子どもはいろいろな味を覚えることができます。味覚というのも、学習なんです。小さい頃、苦いものやえぐいもの、辛いものなどが苦手でもある年齢を経た時に、しみじみ、ああ・・美味しいとおもえるようになったりします。  

記憶の積み重ねは大切です。

そして、三番目は固定的の「固食」。
「お母さん、休め」とか「ハハキトク」とか言われますが、聞いたことありますか?

オムレツ・カレー・サンドイッチ、焼きそば、スパゲッティー、目玉焼きの頭文字をとって「お母さん休め」。

ハンバーグ、ハムエッグ、ギョーザ、トースト、クリームシチューの頭文字をとって「ハハキトク」。

べつにカレーやハンバーグ自体が悪いというわけではなく、子どもの好きな、同じものだけを、つまり固定的なもの「ばっかり食べ」が問題なのです。
 
子どもの頃に本物の味の原体験を与えて、バラエティーに富んだ食品に親しむことの重要性を私たち大人は、真剣に考えなくてはならないところまできているということなのです。

では、単に昔の食生活に返ればいいのかというと、現実問題、それはなかなか難しい話。大切なことは、現代の食生活に日本伝統食の知恵を上手に取り入れて、バランスの良い食事を取り戻すこと。

そのためには、子どもたちに、食事が自分達にとってどれほど大切なものかということを教えることが大切。

"私たちのからだと心はつながっています"

食の良し悪しを判断できる力をつけてもらいたいと思います。

どう教えればいいのか。私は、「地産地消」がひとつの指針になるのではないかと思っています。地域で取れた物を地域で消費するのが食の基本です。それが、自然の摂理にかなっているのです。

最近、汚染米の不正転売問題が大きな社会問題になっていますけれど、誰がどこでどんな風に作って、どうゆう経路をたどってきたのか、それさえわかれば、汚染米が食用にまさか転用されることなどなかったはずです。

これが、トレーサビリティです。

農業には産業としての面だけではなく、自然環境を保全する役割もあります。

フードマイレージや食料を生産する過程で消費されるバーチャルウオーターの輸入を減らすことで、他国の水資源を消費し、北アフリカや中東を中心とする貧しい23カ国20億人以上の人たちが、生きるための水が足りない「水ストレス」を少しは解消できるはずです。

世界中で今も水不足が起きているのに、さらに今後、その不足状態が進む可能性が指摘されているのに、日本だけがこのまま水を買い集めていいわけがありません。

自分達の安全安心のためにも、日本農業のためにも、地産地消が理にかなっているというわけです。地産地消は古いどころか、地球上で求められている理想の食であることが分かってもらえると思います。

日本の食糧自給率は今や40%ですが、沖縄は99年までは40%を維持していましたが、2000年には33%に急落、04年からは30%も割り込み、今や28%であり、ワースト14位となっています。 とはいっても、お米やさつまいもなどの主食の低さが実は大きく影響していて、野菜は半分程度、肉類や水産物はほぼ足りているんですけれど。

この数字をこれ以上、悪くしてはいけません。

毎日のお買い物で、お母さんが必ず沖縄のものを選び、その度に「あ、沖縄のだから、これにしよう」と子供達に語りかけてください。

食べ物という身近なものから、子供達とともに農業や世界環境、自分の暮らし方を考え、そして行動していってほしいのです。

食べることは生きることであり、食べ物は命そのものであるということ。食べるという行為は、人間にとって、本来、もっとも愛おしい行為であり、食べ物によって私たちの体はつくられるということ。

そのことをぜひ、お母さんさちはお子さんの心と体に刻んでいただきたいのです。そうして育てられた子供たちは食べ物にたいしては、もっと謙虚に、もっと愛情をもって向き合えるようになります。

私は、沖縄の人たちは、きっと、地産地消のことや食べ物の大切さを知る子どもにと育て上げられると、実は、安心しているのです。

なぜならば、沖縄に通いはじめて40年がたちますが、沖縄の人々の底力を知っているからです。

・・・とこんな話をさせて頂きました。

那覇高校の皆さん、"ありがとう"

真剣な眼差しで一緒に考えてくださいましたね。

あなたたち世代が、これからの沖縄を担ってくださるのです。拙い話でしたが、熱心に聞いてくださり感謝いたします。そして、会場に足を運んでくださった市民のみなさま、ありがとうございました。
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そして公設市場のみなさま!また、直ぐ戻ってまいります。あの時買った皮つき三枚肉、泡盛で美味しく"ラフテー"をつくりました。ノコギリガサミの味噌汁も最高でした!
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投稿者: Mie Hama 日時: 10:44 | | トラックバック (0)

浜美枝のいつかあなたと ~ 井本一郎さん

文化放送 "浜美枝のいつかあなたと" (日曜午前10時半~11時)で毎週素敵なお客さまをスタジオに招いてお話を伺います。

「やわらかな朝の日ざしにつつまれて、今朝も素敵なお客さまを、我が家にお招きいたします」で始まり、これまで様々なジャンルでご活躍の方々のお話をお伝えしてまいりました。

今回は11月9日放送の小学館「千年語録 次代に伝えたい珠玉の名言集
」の担当編集者、井本一郎さんです。

井本さんは1961年東京のお生まれ。91年に小学館に入社され、「平家物語」「太平記」などの古典文学担当から、「週間ポスト」の編集まで、さまざまな部署を歴任。2005年から雑誌「サライ」の編集を担当され、昨年、創刊以来の名物連載「サライ・インタビュー」から108人の名言をまとめた「千年語録」を編集・刊行されました。

各界の著名人の味わい深い「言葉」を選りすぐって一冊にまとめた「名言集」です。副題に「次代に伝えたい珠玉の名言集」とあります。

89年創刊以来430人以上。その内108人が登場いたします。
アトランダムにご紹介いたしますが、後は本をお読みください。

■ 数奇屋大工 中村外二(なかむら・そとじ)さん
「まず音が違うんです。ノミ、ありますな。上手な大工は、カンカーンという音を響かせる。下手は、パーン、パーン。ノコギリでもカンナでもみな同じや。下手は音に力がない。間延びしとるんです。」

■ 行司 第二十八代目 木村庄之助(きむら・しょうのすけ)さん
「ただ勝ち負けにこだわり、星勘定しているだけではスポーツです。相撲はスポーツじゃなくて相撲道。戦っているときは獣でいいのだけれど、その前後は常に神聖な力人(ちからびと)でなくては。」

■ 精神科医 斉藤茂太(さいとう・しげた)さん
「賢い子育ては三つの「ゆ」が大切。ユーモア、ゆとり、勇気です。」

■ バイオリンの世界的指導者 鈴木鎮一(すずき・しんいち)さん
「すぐに親たちはこう言うんです。「うちの子はものになりますか」と。実利が保証されないと、子供に投資するのはもったいないとでも思っているんでしょうかねぇ。」

■ 落語家 柳家小さん(やなぎや・こさん)さん
「夫婦喧嘩をした時は、俺は早く家に帰るようにしてたよ。カミサンのほうも心得たもんで、ちゃんと旨い飯の支度をして待ってる。それでおしまい。夫婦喧嘩なんてそんなもんだよね。」

■ 詩人 田村隆一(たむら・りゅういち)さん
「努力しても一流になれるとは限らない。けれども、謙虚に努力をすれば二流にはなれる。一流の意味がわかる人のことを、二流っていうんだよ。一流も二流もわからない人を三流っていうんだから、二流と三流の間はもう無限大の距離だ。」

■ コラムニスト 山本夏彦(やまもと・なつひこ)さん
「オジサンなんて呼ばれて、どうして気にするんです?年齢なんて人間の上っ面で、相手にしなければいいじゃないですか。中身に少年少女の魂があれば、年なんてとる道理はありません。若さに引け目を感じるなら、試しに口説いてみたらどうです。そうすればわかる。きっと口説けます。もし口説けなかったら、それは年のせいじゃなくて、身から出た錆です。自分自身が空っぽだからです。」

■ フランス文学者 河盛好蔵(かわもと・よしぞう)さん
「物事を考えるためには、いつも自分の中にテーマを持つことが大切です。学者でなくても、一生の研究テーマを持っているかいないかで、人生の豊かさが大きく違ってきますね。」


いかがでしょうか。
まさに「珠玉の名言」ですね。


投稿者: Mie Hama 日時: 12:08 | | トラックバック (0)

NHKラジオ深夜便「大人の旅ガイド~岩手県平泉」

今夜ご紹介するのは、岩手県平泉 中尊寺、毛越寺です。

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平泉は岩手県の南に位置しJR東北新幹線『一関駅』で乗り換え、東北本線で約8分、平泉駅で下車。

中尊寺へは徒歩25分。または巡回バスで約7~8分。近くには北上川が流れ、漂泊の歌人、西行が歌に詠んだ衣川、束稲山が望め、雄大な自然景観の美しいところです。

平泉は、平安時代末期奥州藤原氏四代が約100年にわたりみちのくの都として納め、『この地を戦争のない平和な国にしたい』と仏教を基本に文化的な手法で築いた寺院や浄土庭園などの遺跡群が文化遺産として残されております。

2006年に日本政府は「平泉―浄土思想を基調とする文化的景観」として、国連教育科学文化機関(ユネスコ)に世界遺産の推薦状を提出し、今年7月にカナダのケベックで開催された世界遺産委員会での本登録の可決を待っておりましたが、残念ながら登録までには至りませんでした。

今回は世界遺産登録に向けて、気運が高まっていた5月にテレビの番組
「平泉文化 世界遺産へ ~中尊寺貫首と語る」の収録で平泉・中尊寺を訪れました。

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山田貫首さまにご案内頂いた中尊寺「金色堂」。
樹齢300年の杉木立に覆われた参道を登りきるとコンクリートの覆堂に守られた、国宝建造物第一号の金色堂がたたずんでおりました。おもわず息を呑むほどの雅な金色堂。お堂の内外全て金箔で包まれております。

屋根だけは木瓦葺き。当初はたぶん屋根まで皆金色だったのではないでしょうかとのこと。内陣の三つの須弥壇には阿弥陀三尊、地蔵菩薩など合計32体の仏像が安置されています。そしてその須弥壇の下には初代清衡、二代基衡、三代秀衡の御遺体と四代泰衡の首級が納められておるようです。

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金色堂からゆっくりと歩きながら本堂横を抜け、北側にある法泉院旧庫裏に向かいます。この庫裏は元禄時代に僧侶の住まいとして建てられ県の文化財になっております。

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萱葺き屋根で土間の広い作りで、つい最近までお坊さんが生活をされていたようです。

当時の僧侶はお寺の仕事半分、農業半分をしながらの生活だったようです。

平泉の文化も、お寺も、地域の農業に支えられてきました。平泉の世界遺産候補の遺跡の一つである「骨寺村荘園遺跡」という水田地域があり800年前からの景観がそのまま残されている地域で、長い間、中尊寺のためにお米を作ってくれていた水田だそうです。文化を支えているのは、「農」、「食」であることも忘れてはならないことですね。

種をまき、生命を育て、その過程で人を育てる。寒さ、暑さに負けない人を育てる。同じように農業を育てる。文化の伝承が人から人へ受け継がれ、その中に自然が介在している。まさに文化は足元にあるということですね。

岩手の食料自給率は高く、学校給食の地産地消率もとても高いようです。

「岩手の水田は、藤原三代の時代から変わらない実りをつけています。また、平泉の世界遺産登録も、この地域のすばらしい歴史、文化を再認識し、誇りをもつきっかけになればと願っております。」と貫首さまからのお話。この10年、後世にこのかけがえのない平泉の文化を伝えるために皆が一体となって、ご努力をされてきました。残念ながら世界遺産登録には及びませんでしたが、これから百年、二百年後にもこの心が、文化が、継承されますよう祈っております。

最後に山田貫首さまより色紙を頂戴きました。「人 中 尊」(じんちゅうそん)

これは天台宗の経典 法華経にでている言葉で、

誰もがもっている 
仏に成るという
尊い性質を
全ての人に認める
心を持つ事だ

この心をもって人々をお迎えし、この心を持って生きていく。
お互いに尊重し、譲り合い、許しあう、その気持ちを持つことが大切です。
とご法話を頂戴いたしました。

その後、二代基衡が平泉の南の玄関口に建立した極楽浄土を地上に表現した美しい庭園のある「毛越寺」、へとお参りさせて頂きました。

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山門をくぐりますと、右手前方に大泉ヶ池があり清らかな水を湛え、水面には暮れ行く太陽の光と四囲の樹木が映し出されます。この庭園は日本最古の庭園書に基づいて作られた大変貴重な庭園です。池周辺には桜、あやめ、萩・・・と四季の美しい庭園が楽しめます。あやめ園では、どこか明治神宮にも似ているかなぁと思いましたら、パンフレットには明治神宮から100種100株を譲り受け、現在は300種3万株の花菖蒲が咲き誇るようでございます。

大泉が池を渡る風が、ゆったりと心地よく、心が洗われ悠久の時を過ごした旅でした。

10月20日~11月15日迄、中尊寺菊祭り
11月01日~03日迄 中尊寺・毛越寺 秋の藤原祭りが開催

平泉へは、JR東北新幹線一関駅から乗換え約8分 JR東北本線平泉下車

平泉町農林商工観光課 0191-46-2111
(社)平泉観光協会  0191-46-2110

中尊寺 0191-46-2211
拝観時間
04月01日~11月10日までは8:00~17:00
11月11日~03月31日までは8:30~16:30
12月31日は14:30まで

毛越寺 0191-46-2331
拝観時間
04月05日~11月04日までは8:30~17:00
11月05日~04月04日までは8:30~16:30

投稿者: Mie Hama 日時: 16:49 | | トラックバック (0)

日本酒で乾杯推進会議フォーラム

「乾杯の心・日本のかたち・日本の心」

先日、石毛直道代表(国立民族学博物館名誉教授)のもとフォーラムが開催され民族学者の神崎宣武さんのホスト、私は先生のアシスタントで参加させて頂きました。

「日本酒で乾杯推進会議」100人委員会には各界の方々がご参加なさっています。

昨年は歌舞伎俳優の中村富十郎さん・塩川正十郎さん、そして私がゲスト。今年は小笠原流三十一世家元 小笠原清忠さん、西舘好子さん、民族学者のクライナー・ヨーゼフさんがゲストとしてご参加くださいました。

この会から「日本酒からの手紙」というのがございます。

ニッポン人には日本が足りない、と言われています。

「和服をさりげなく着こなしてみたい」

「ほどよく美しい言葉で語りかけたい」

この国で育まれてきたよき日本文化の数々。私たちがほんの少し心がけるだけで、まだそれが取りもどせそうです。

日本酒を粋に飲んでみたいと思いませんか。
日本酒は、長い歴史の中でしなやかな感性とすぐれた技術で磨きあげられてきました。

甘くて辛い「妙味の酒」特定の料理を選ぶことなく、心身を癒し、ご縁をつなぎ、和(なごみ)に酔うお酒です。

あらたまった礼講からにぎやかな無礼講に移るとき、私たちは乾杯します。
「みなさまのご発展とご健勝を祈念して・・・」
何に向って祈るのでしょうか。カミ様?ホトケ様?ご先祖様?
ニッポン人の心の奥底に宿るものとふれあうとき、新たな力が生まれずはずです。

これからの人生をますます豊なものにするために・・・日本酒で乾杯!

そんな思いをこめての「乾杯の心・日本のかたち・日本のこころ」のフォーラムでした。

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小笠原流家元からは椅子に座っての本来の座礼の作法を再現していただきました。今日的な乾杯は、明治期におけるイギリス海軍の影響を受けて習俗化したそうです。

「上野に於ける東郷大将歓迎会及小笠原流古式凱旋式の図」風俗画報第三二八号(明治三十八十一月号)「乾杯の文化史」神崎宣武より

このように見てみますと乾杯のかたちには世界中いろいろあり興味がわきます。

クライナーさんからは、ワイン文化圏とビール文化圏の違いなど。ビールグラスを掲げて、声高らかに、というのは学生達がグラスをギャチャンとぶつけながら・・・正式な作法とは違うもの。

「祈念して」という発声がきわめて日本的であること。当たり前に発していたことでも、ずいぶん違うのですね。

西舘さんには着物で乾杯の美しいかたちなど。

私たちはどういう乾杯の作法を伝えていくか、が昨年来の宿題でもありました。

会員の皆さまからのご意見ご提案もいただきました。

内館牧子さんは「乾杯は、おめでとう、うれしいの心、盃を高々と揚げようが目元までであろうが、揚げるという意識があれば常識的に形はたもたれるもの」

伏木亨さんは「参加者の健康や幸福のみを祈るのではなく、草木虫魚獣山川海すべてに捧げたい。その目線で乾杯!」

「祈念して」は「感謝して」「ありがとう」ととらえる方が多くいらっしゃいました。

ひとつの作法にまとめることはできませんけれど、やはり、目線で乾杯のかたちは、祈念なり感謝なりの心がこもった、しかも、美しくみえるのがいちばん素敵です。

鏡開きの音頭で会場の皆さまと乾杯!

日本人のもつ美しい、こうした文化は継承していきたいと願った一日でしたし、日本人であることに幸せを感じた一日でした。

輪島からはこの日のために素晴らしい漆器・お屠蘇の作品を仕上げていただきました。日本の工芸品の奥深さ、技に感激いたしました。

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投稿者: Mie Hama 日時: 08:55 | | トラックバック (0)