2008年12月のアーカイブ

Mie's Living

"ゆうゆう読者"とのクリスマス

年の終わりに。

みなさまにとって今年はどんな年だったでしょうか。


私は今朝も、箱根の山を1時間たっぷり歩いてきました。

初冬の凛とした空気の中での山歩きが日課になって3年近くになりました。杉の木立の道、杉の枝の間から朝の光が差し込み、とても気持ちがよいのです。空気は冴え冴えと冷たく真っ白に雪化粧をした富士山。

以前は、ただ美しいとだけ思っていた風景が、年々深く心にしみるようになりました。


この度、4年間連載してきた雑誌"ゆうゆう"を本にまとめ、等身大の自分と向き合うことができました。

このまま、50代のスピードで走り続けていくことが私にとって幸せなのか・・・

明日もまた、今日と同じような日々が続く・・・それが当たり前だと心のどこかで思っていました。しかし、65歳になり山歩きをしながら、箱根の山のエネルギーをもらい、お気に入りの木に触って「おはよう!」と声をかけ、絶景ポイントで、ストレッチをやって・・・歩いているうちに、心からはよけいな澱みのようなものがはがれ落ち、やがて心も体も軽くなってくるのです。


今年もたくさんの旅にでました。

素敵な出会いもいただきました。

自分を見つめ、心の荷物を整理することができました。
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そして、今夜はクリスマスイブ

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先日、ゆうゆうの読者の皆さんと「箱根のクリスマス」を楽しみました。

今年も大勢の方々がご参加くださり、同世代・ちょっと下の世代の方・・・女同士のおしゃべりを楽しみました。夜のパーティーではこんなご質問も。

「浜さんの健康の秘訣はなんですか?」・・・と。

私は「まず、歩くこと。歩いて新鮮な空気と"気"を取り入れること。あとは、くよくよしない!今日嫌なことがあっても、明日にはきれいに忘れることですね」と申し上げました。

今年は暗いニュースが多かった中、日々の生活を大切にし、一歩一歩、前に進んで参りましょう。
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みなさま・・・どうぞ良いお年をお迎えくださいませ。

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【写真提供:主婦の友社 ゆうゆう

投稿者: Mie Hama 日時: 17:25 | | トラックバック (0)

NHKラジオ深夜便「大人の旅ガイド~宮城県 大崎市 鬼首」

今夜ご紹介するところは、宮城県大崎市(旧鳴子町)鬼首(おにこうべ)です。

鳴子ダムの奥に位置し、なだらかな裾野がひろがる山麓の中に三十以上の源泉が湧く温泉郷です。神秘的な景観、山間に湧き出す豊富な湯、周辺一帯にはブナの原生林も姿を残し、大柴山、矢楯山、水沢森など、1,000m級の山々が連なっています。

一帯はカルデラ地帯で、須金岳、禿岳に囲まれ、私の訪ねた6月の上旬も12月の上旬も美しい姿を見せてくれました。今頃は小雪が舞っているそうです。間もなく本格的なスキーシーズンを迎えることでしょう。

鬼首(おにこうべ)、珍しい地名ですね。いろいろな伝説がありますが、はっきりしたことは分かっておりません。かつては鬼切辺(おにきるべ)とも呼ばれていたとか・・・。

アイヌ語的に考えると、荒湯(あらゆ)は壮美な硫黄質温泉、荒湯大神はアラユオンカムイ、オンは大、カムイは神、鬼首はオンネカムイの訳、オンネが鬼と転じ、それを知らずに鬼伝説が起き、いつしか鬼切部・・・鬼首(おにこうべ)になったのでは・・という説もあり、いずれにしても、いかにも古戦場にふさわしい地名です。

地獄谷遊歩道は約600mにわたって小さなかんけつ泉が足元から噴きあげ、渓谷に沿ってあちこちで見られます(約20分ごとに15m以上もの高さまで熱湯を吹き上げ、足止めをくいます。)

6月には珍しい白雲木の美しい白い花を見ることができました。
荒雄川神社には鬼首が生んだ名馬「金華山号」が祭られています。
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さて、今回鬼首の温泉、雄大な自然もそうですが、すばらしいここでの活動をご紹介したいと思います。

鬼首は「食の宝庫」です。

春一番雪解けを待って出てくるフキノトウ、川ふちにスノハ(イタドリの一種)ヨモギを摘みヨモギ餅、桜が咲く頃にはウド、ワラビ、コゴミ等など山菜の宝庫。鬼首では、ゼンマイは、食用ではなく、かつては換金するものだったそうです。

今回も、フキの煮付けやら漬物、自家製の味噌で、きのこいっぱいの味噌汁。そして・・・美味しい美味しい、"おむすび"。冷めても、もちもち感ののこる「ゆきむすび」をご馳走になりました。
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かつては、この一体は人が住めるところではないと言われ、そんな原野に入り開墾をしてきたのです。

生活の中心となった囲炉裏で魚を焼き、餅や芋などを焼き、鉄瓶、鉄鍋を下げて煮炊きをし、馬をとても大切にしていたので、母屋の中に厩(うまや)があったそうです。

ここ鬼頭には、少しづつの変化を経ながらも、自然と共にある、自然に生かされた、はるか遠い昔から続けてきた暮らしが今も残っています。
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さて、今回ご紹介するのは 「鳴子の米プロジェクト」です。

農水省は07年、4ヘクタール以上の大規模農家に集中し補助金をだすという政策を出しました。しかし、鬼首のような山間の地域は対象外になり、農業の継続が難しくなってしまいます。

「食」をめぐる偽装や、輸入食品の安全問題など、今、「食」がゆらいでいます。

作る人、食べる人、みんなの力で地域の農を守りたい。そんな思いで生まれたのがこのプロジェクトです。「食」を人任せにせず、作り手と食べ手が手を繋ぎ、大切な「食」を守り、地域の活性化へ繋げようと立ち上がったのです。今や日本の山間地の美しい田園風景が大きく変化する中で、このような官民一体となった取り組みに胸を打たれました。

そしてこのプロジェクトは、NHK仙台 開局80周年記念としてドラマ化されました。

タイトルは、「おコメの涙」。
来年1月2日BS2で再放送されます。

始めは、ほんの三反部から始まった鳴子の米づくり、「東北181号」は名前を変えて「ゆきむすび」となりました。人と人を結ぶにはふさわしい名前ですね。「生産者・消費者」ではなく「作る人・食べる人」になると、グンと距離が縮まる気がします。

二年前からはじまった「田んぼ湯治」・・・「種まき湯治」から始まり「田植え・稲刈り・稲こぎ・」そして収穫祭を迎え、人々の笑顔が目に浮かびます。

今年収穫された"ゆきむすび"も完売とか。
農村に新しい風がふいてきました。
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【旅の足】
東北新幹線で古川まで。そこから陸羽東線で鳴子温泉下車
バスで鬼首まで約20分。

今回、私は"リゾートみのり"に乗りたくて乗車。
ゆったりとしたリクライニング・シート。
伊達政宗の兜をイメージした「アンティックゴールド」を装飾した力強い車両で、のんびり秋の田園風景を楽しみました。
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12月以降の運転日は時刻表などで確認してください。

投稿者: Mie Hama 日時: 12:45 | | トラックバック (0)

宮城の旅

宮城を旅してまいりました。

今年、6月7,8日と「食アメ」の皆さんと鳴子を旅し、地元の方々との素晴らしい出会いの場がありました。

それから1週間後の14日8時43分ころ、岩手、宮城で震度6強の地震が発生。その後が気になっていましたが、12月26日に仙台で開催されるイベントのため、宮城を一巡り・・・というチャンスに恵まれ伺ってまいりました。鳴子温泉・鬼首(おにこうべ)の方々との再会は逆に私が勇気づけられるほどのものでした。

鬼首の取り組みについては来週「NHKラジオ深夜便」で詳しくお話いたします。

東京から"はやて"で古川へ。
そこから陸羽東線リゾート列車で晩秋の柔らかな日射しの中を鳴子温泉へと向かいます。現代の湯治について熱く語る大沼さんと、これからの湯治について語り合い、農家レストラン「土風里」ではどぶろくと地元野菜の料理を堪能。ここにも豊な食材と笑顔の美しい女性たち、そして、海の豊かさを育む人たちとの出会いがあります。
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美味しい牡蠣を作るために、志津川では漁師が山に木を植えています。

"森の栄養が川や海の命を育てる"

「森は海の恋人」という素敵な本に出会ったのは20年ほど前のこと。

主人公は、唐桑町在住の牡蠣養殖業者・畠山重篤さん。畠山さんは、父から継いだ牡蠣やホタテ貝の養殖をしているのですが、1965年頃から、目に見えて海の力が衰えてきたことに気がついたそうです。

「なぜ、海がこんなに力を失ってしまったのだろう」と考えた畠山さんの脳裏に浮かんできたのが、かつて視察で訪ねたフランスのブルターニュ地方の風景だったそうです。ロワール川の河口には、見事な牡蠣が育っています。干潟にはカニや小エビ、ナマコがたわむれていました。その海を見たとき、畠山さんは「これはかつての宮城の海だ!」と感激したそうです。

それから一心に考えました。宮城の海とブルターニュの海と、一体、何が違うか。

"それは、森"

ブルターニュの山々は広葉樹の森が広がっています。
海の源は川であり、川の源は森ではないのか。

もう一度、宮城の海を生き返らせよう、そのために山の森を再生しようという運動を始め「牡蠣の森を慕う会」が生まれ、気仙沼湾に注ぐ大川上流の山に集い、広葉樹の植林を行ってきました。

その村は岩手県の室根村でした。
その思いが志津川の漁師たちにも受け継がれているのです。

現代の日本は、林業という産業が成り立ちにくい社会になっています。

森の豊富な栄養分が水に溶け、川を通って海に注がれ、海の生物たちを育てていくのです。農村の山々の自然が、海の自然に大きく影響していくのです。水は流れ、地球を循環していくということを、私達は忘れてはならないのです。

森、山、川、海、生物の命、そして私たちの命。そのすべてが連鎖しています。

宮城の美しい海がいつまでも守られますように・・・と願いました。
採れたての牡蠣・アワビを船上で食べ、「美味しい!」と思わず叫んでしまいました。
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塩竈では"ひがしもの"(塩竈のブランドメバチマグロ)談義。

美味しいネタとは新鮮なだけではなく、寿司屋とマグロを選ぶ「目利き」の仲買人の存在が大きいことを知りました。地酒とひがしもの・・・ごちそうさまでした!
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12月26日は杜の都「仙台」を"伊達"に演出するイベント「仙台・宮城デスティネーションキャンペーン・ファイナルイベント」に参加いたします。


投稿者: Mie Hama 日時: 11:28 | | トラックバック (0)

「凛として、箱根暮らし」

これまであまりプライベートについて語ってこなかった私ですが、働く女性として感じたことや子育てをしながら感じてきたこと、あるいは母でも妻でも女優でもない、ひとりの人間として感じたことなど、等身大の私を、これまで雑誌「ゆうゆう」で連載してきました。その連載を「凛として、箱根暮らし」(写真:大倉舜二氏)として一冊の本にまとめ、その作業を通して、自分に真摯に向き合うことができました。

またこの本の出版を契機に、私の愛する箱根の家に新たな風を呼び込むような活動をスタートさせたいと強く思い始めました。今後は農と食の仕事を続けながら、日々の暮らしを豊にする様々な提案を箱根の家から行っていくつもりです。

私の10代は、生きるために何かをつかまなければと必死になった時代。
20代は自分の居場所を作ろうともがいていた時代。
そして30代は、仕事や家族のことなど、このままでいいのかと思いつつ、体力気力で何とか乗り切った時代。
40代は家族との関係も変化し、同時に次々に4人の子供たちが思春期を迎え、時に立ちつくしたりもした時代。
50代はそれまでの心の整理をしたりして、元気を取り戻した時代。

ひとつ山を乗り越えたとホッとして、顔を上げると、また別の山が前に控えているような人生を私も送ってきました。けれど連載を通して自分を振り返ることで、私自身、しっかりリセットできたように思います。

「ゆうゆう」の連載をしている4年の間に私も60歳から秋に65歳になりました。時は過ぎゆくのだとしみじみ感じます。私も、思い出が鮮やかさを増す年齢に入ったのでしょう。

いつしか孤独を感じる自分をいとしい・・・と思うことができるようになりました。その裏に、私がこうして今、生きていることに感謝する気持ちが隠れていることにも気づかされました。

これからも私らしく。
10年後の光を目指して、身の丈の暮らしをもとめてまいりたいと思います。

本日12月5日から 書店に並びます。
発行 主婦の友社 「凛として、箱根暮らし

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投稿者: Mie Hama 日時: 09:16 | | トラックバック (0)