2011年1月のアーカイブ

Mie's Living

お伊勢さんへお参り

みなさま~。聞いてください。わたくし、ショックです。
せっかくお伊勢参りをするからには五十鈴川を渡る宇治橋からの朝焼けを見たくて朝4時に起き、神聖な景色と澄んだ空気に感激しながら内宮、外宮と歩き、何枚も何枚もシャッターをきったはずなのに、写っていなかったのです。

原因は...いつもより長めにしていた爪のせいでシャッターが上手に押せていなかったようです。ショックです。

お伊勢さんにお参りをなさった方は、あの美しい情景を思い出しながら、まだの方は想像をなさりながら、今日のブログはお読みいただければ幸いです。

私も近いうちにもう一度、お参りをしにいってまいります。今度こそ。


大寒の20日、夜明けとともに伊勢神宮に参拝してまいりました。

私の母方の祖母は伊勢の出身。幼いころ祖母に手をつながれて「お伊勢さん」にお参りしたことが記憶の奥深くにあります。

ず~っと昔、遥か昔、大和の国。古代にあっては、太陽の昇る地、
それが伊勢の国。
倭姫命はなぜ天照大神を伊勢の地に祀ることにしたのでしょう。

清らかな水の流れ・・・ゆったり、ゆったりと流れる五十鈴川。
その川にかかる宇治橋を渡り、朝日に輝く参道へと進みます。
その前に五十鈴川にそっと手を入れてみました。
そこから眺める上流の景色は素晴らしいです。
宇治橋は、人の世と神さまの聖地をつなぐ橋だそうです。
まぶしいほどに輝いていました。

五十鈴川のほとりに鎮まる伊勢神宮内宮。
長い参道の奥にあります。
三十段あまりの石段を上り、参拝するのは南御門の前。
拝殿はありません。
神さまが住まい、人々が祈りを捧げる社殿。
高床の穀倉を思わせる社殿の前でからだごと、五感の隅々までが清められていくようです。
その前にたたずむと、自然に頭が下がります。
神さまは20年に一回お引越しをなさいます。次は平成25年。再来年ですね。
20年に一度の「式年遷宮」、東から西へ、西から東へと神さまはお移りになられるのです。

神宮の森を抜け参道に戻ると「ここは神さまをお迎えする森なのだわ。木霊が宿っている」とつぶやきました。

9時すぎの参道は人で溢れています。五十鈴川のほとりのカフェで一休み。
陽だまりが暖かく幸せな気分になり、またぼんやりと五十鈴川の流れに見ほれていました。

「そうだ、お昼は牛丼だわ!牛鍋かな・・・」というわけで、早起きしたので11時にはお腹がすいてきました。「豚捨」で「牛鍋とお酒をお燗していただき少々いい気分」、「こんな贅沢していてはいけませんよ!・・でも、去年よく働いたご褒美です」などと言い訳をして神さまの食を司る「外宮」へ。

1500年間、毎日欠かさず1日2回、神さまにお食事を差し上げる祭りがあります。この外宮はJR伊勢駅から歩いて5分ほどです。

外宮は「農業の神さま」でもあるのです。
お供えする食事は原則的には自給自足だそうです。
縄文時代後期に日本に伝わった稲作文化。
でも私達の食習慣は大きく変わりました。
米の消費量はますます少なくなってきました。
高度成長期がもたらした食事の変化。
でも、この外宮では神職が1500年変わらず神さまに差し上げておられるのです。「米は神さまからお預かりしたもの」といわれます。

森の木々、石には人知を超えた何かがあります。耳を澄まし、触り、小声で話しかけると応えてくれます。それが"お伊勢さん"なのです。

最後に五十鈴川の河口から白砂青松の浜へ。夫婦のように二つの岩が並ぶ「夫婦岩」は「岩の鳥居」の役目をはたしています。二見浦はあまりの美しい景色に倭姫命が名残惜しく、二度も返り見られたことでついた名前といわれています。

私の伊勢神宮参拝は全て逆のコースでまわりました。
でも、宇治橋から伊勢湾に浮かぶ夫婦岩まで、心おきなく大和の国を旅させていただきました。

日本人の旅の原点、お伊勢参りができました。

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この記事をご覧いただいたブログの読者の北本朋子さんが、昨年に伊勢神宮へ行かれた際のお写真をお送りくださいました。

北本さん、夜明けの鳥居、五十鈴川など・・・本当に素敵な写真をありがとうございました!

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投稿者: Mie Hama 日時: 07:29 |

美しい棚田

すり鉢状に広がる棚田。山口県周南市中須北集落にお邪魔してきました。
5集落全住民を会員として「棚田清流の会」が平成13年に発足し、
"やすらぎの里づくり~くらしがいをみつけられる郷へ~"を実践しています。

「なんて美しい棚田なの」・・・と思わず声がでました。
村の方が「ここは基盤整備していない自然の棚田ですよ」と教えてくださいました。先人のご苦労がしのばれます。

この美しい集落は農林水産省と農村開発企画委員会主催のコンテストで選ばれ、我々も現地調査でお訪ねしました。「美の里づくりコンクール」以前の「農村アメニティーコンクール」をあわせると今年で26年目を迎えます。私は1回目からの審査員をおおせつかっておりますから、随分と全国の農山漁村をお訪ねしていることになります。

標高300メートルの中山間盆地。
5つの集落は、幾重にも広がる田んぼで結ばれています。

「ご先祖さんから受け継いだすり鉢の米づくり、不便と言やぁ不便だが昔しゃこれが当たり前。米が実のりゃ苦労も癒える。うまい飯にゃぁ幸せ宿る」・・・と。住民の暮らしや農地を自らの手で守る、つまり自主活動なのです。

「中須の棚田自然米」のファンが増えているそうです。米の名前は中須にひっかけて「泣かす米」だそうです。なかなかウイットがあり素敵です。

都市交流やオーナー制度も導入されています。「若手が(といっても50代・60代)生産グループに加入し世代交代が円滑に進んでいますよ」とおっしゃるリーダーの佐伯伴章さん(51)の本業は獣医。兼業農家です。「コミニケーションを大切にしよう、自分達もやればできる!という自信ももてました」と佐伯さんはおっしゃいます。

お昼ごはんは全て村のおばあちゃんたちの手づくりです。「このこんにゃくも豆腐も、しいたけも野菜もぜん~ぶ、味噌も私らが作ったんよ。食べてみて、美味しいよ!自給自足だね。なんも買ってないよ」と元気よく笑顔でおっしゃいます。

地域の絆が深い集落です。
しかし、全国各地過疎化・高齢化が進む中、「私らは生涯現役」と話してくれたおばあちゃんは82歳。

神事を大切にし、美しい黒石川の清流を守り、棚田を守る。田植えの頃の満々と水をたたえた水田は古来日本の原風景として日本人の心に刻まれてきました。

「TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)」が盛んに議論されています。工業と農業がお互いに対立ではなく共存し、支えあっていくことは不可能なのでしょうか。

米を食糧、とだけ捕らえていいのでしょうか。
日本の食糧の安全保障はどうなるのでしょうか。

さまざまな事を考えさせられた今回の中須北集落への旅でした。

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この美しい棚田の風景がおさめられたポストカードは「棚田清流の会」を通じて販売されているそうです。ご興味のある方は周南市役所「いのち育む里づくり課」(0834-22-8245)までお問い合わせください。

投稿者: Mie Hama 日時: 08:32 |

仕事はじめ

今年の仕事はじめは1月7日。

「週刊ポスト・古都 逍遥」で建仁寺の庭での撮影と対談です。
小雪舞う両足院書院庭園は想像していたよりずっと男性的。
詳しくは1月最終のポストをご覧ください。

対談のお相手は随筆家の白洲信哉さん。
早朝からの撮影でしたので対談は場所をホテルに移し行われました。

「不思議ですね、今日は祖母(白洲正子さん)の生誕101年。1月7日は誕生日なのです」・・・と。ほんとうに不思議です。「20年ほど前にご自宅に伺い鴨なべをご馳走になったのですよ」と申し上げました。とても緊張していたことをよく覚えています。

仕事が早く終了したので、「今日はこれから何処にいったらいいでしょうか?」と信哉さんに伺うと「上賀茂神社などいいかもしれませんよ」と教えてくださいました。

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ホテルからバスに乗り久しぶりの上賀茂神社へ。
「そうだ!今日は7日、七草粥がいただける日だわ」とこれまた偶然の出会いです。

上賀茂神社(賀茂別雷神社)は下鴨神社(賀茂御祖神社)と共に、賀茂氏の氏神を祀る神社で、葵祭りで賑わいますね。境内を進むと競馬会の馬が迎えてくれます。「手水舎」で清め、桜門をくぐり御祭神に手を合わせ、境内を流れる御手洗川の清い水にそっと手を入れると、何だかすごく幸せな気分になり、七草粥をいただき下鴨神社に向かいました。

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私は下鴨神社の「たたずの森」をゆっくり歩くのが好きです。
緑深い木々には精霊が宿っているようです。
砂利道を進むと遊歩道があり、神話の世界に足を踏み入れたよう。
そして東西の二殿の本殿はともに国宝。
冬の暖かな陽射しの中の散策でした。

1月18日、文化放送の私の番組に白洲信哉さんがご出演くださいます。小学館から出版された「白洲家としきたり (小学館101ビジュアル新書)」についてや、旅、日本の美など伺いたいことばかり。

そうそう、御著書の中に大阪・堺市の大鳥神社のことが書かれておりました。「日本武尊」は故郷を見ることなく望郷の歌を詠んで戦死したこと、人気のあった「日本武尊」は人々に悲しまれ、埋葬しても、埋葬しても魂は白鳥になって飛び立ったそうです。大島神社の起源はこの白鳥に由来すると信哉さんのご本に書かれています。

やっぱり行きたい!ということで京都から大阪へ。天王寺からJR阪和腺「鳳駅」下車。そこから歩いて5、6分で着きました。大鳥神社でもお参りができました。

来週は伊勢市に仕事で行くので「お伊勢さん」にもお参りしたい・・・と何だか今年の新年は神様のお導きがあるようです。


投稿者: Mie Hama 日時: 09:13 |

箱根駅伝

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私のお正月は箱根駅伝で始まります。

今年も新春の箱根路を選手達がゴールめがけて登ってきました。私はコースとなる国道1号をバスで家路につきますから、そのコースがとてつもない山路であることを承知しております。

今年も往路では東洋大学の柏原竜二選手が「3度目」に挑み、見事逆転劇を演じました。東洋大は往路新記録樹立。「やったぞ、田中」と叫んでいた彼のインタビューを聞き思わず涙がこぼれました。

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一昨年の3日早朝、スタート地点で復路を走る仲間を見つめていた彼の姿が思い出されます。そして、どれほどのプレッシャーがあったことでしょう。その精神力は彼だけではなく箱根駅伝を走る全ての選手達に言えることです。

復路は東洋無念・・・21秒届かず早稲田大学が箱根駅伝18年ぶりの優勝。渡辺監督、おめでとうございます。努力がむくわれましたね!シード権を得た10校。逃した大学は来年に向けもうスタートしていることでしょう。「箱根駅伝」にはドラマがあります。みなさんのひたむきな姿にどれほど励まされたか。

選手の皆さん、ありがとう

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そして、4日早朝、夜明けと同時に私は箱根神社に参拝いたしました。

三が日が過ぎ静謐な神社境内。心静かに「今日まで生きてきた道すじは、本当にこれで良かったのかしら」と、年の始めというのは自分自身の進むべき道をいつになく真面目に考えてしまいます。希望がわき上がる反面、心が揺れたり理由もなく不安になったり・・・。

「そう・・・昨日の選手達のように前を向いて進もう!」
そんなことを考えました。

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夜は上野・鈴本演芸場へ。
平成23年正月初席「吉例落語協会初顔見世特別公演」。
5時半から始まる客席は立ち見のでる盛況。
柳家三三さんから、はん治、権太郎師匠。ものまねの江戸家猫八さん。
お正月らしい太神楽、紙切りの正楽さん。

そして、トリは柳家小三治師匠!
最高でした。
小三治師匠は今年の干支・うさぎ年生まれなのだそうです。
今年もおおいに"追っかけ"させていただきます。

皆さま 今年も宜しくお願いいたします。

投稿者: Mie Hama 日時: 09:42 |

新年を迎えて

生きることは  ひとすじがよし  寒椿

この句は、私たち映画界の大先輩である五所平之助監督が詠まれたものということですが、箱根の山々に木枯しの吹く季節になると、自然とその大好きな句が思い出されます。

朝、冬枯れの庭に出てみると、木々の枝にうっすらと雪が積もっているなかで、ひときわ鮮やかに咲き誇る寒椿の花。強い寒風に吹かれながらも凛と華やかな薄紅色の花弁は、ひとすじに生きることの美しさと尊さを教えてくれているようです。

いま、新しい年を迎え、私たちが生きて暮らしているこの日本という国を、「誇りに思っている」と胸を張っていえる人がどれだけいるでしょうか。

物質的には恵まれた豊かさの中にあり、情報もふんだんに溢れ、平和も、自由も、世界の国々に比して少しも引けをとらない程に手にしているのに、なぜ私たちはいまの暮らしを心から「幸福」と思うことができないのでしょうか。

ずっとそのことを考え続けておりました。

私たちがそれぞれ心に再び取り戻すべきもの、誇りをもって子や孫の世代に受け継ぐべきもの、それはこの日本が戦後のあいだに捨て去ってきたものの中にあったのです。

戦後の日本はまさに「物」と「お金」だけを必死に追い求めた時代でした。そしてそれを得ただけでは人間は心から幸福になれないことに私達は気づきました。

かつては人びとの暮らしの中に当たり前のようにあった文化や、自然の理に適った習慣や、四季の移ろいによって美しく変化する国の景観や・・・そうしたものこそが尊く、人びとの心の拠りどころであったはずなのに、知らぬ間に軽んじてきました。

私たちの世代は「美しい日本の暮らし」の片鱗を、幼いころに経験した最後の世代であるならば、それを次世代に受け継ぐべき大事な使命を担っているように思います。

「此ん頃はてんごりもあまり見られんようになったなぁ」

と聞いたことがあります。「てんごり」という耳慣れない言葉は、「手間がわり」という語源を持ち、
「互いに手伝い合う」という意味を持つ若狭地方独特の方言です。農村社会においては重要なこと。都会でもお互いさま。どんなに近代化が進んでも「てんごり」の精神だけはいつまでも守り続けていきたいものです。

今年も「食・農・美しい暮らし」をテーマに歩んでまいります。

新しい年が皆さまにとって佳き年でありますよう、お祈り申し上げます。

2011年1月1日 浜 美枝

投稿者: Mie Hama 日時: 08:05 |