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幻の楽器 ヴィオラ・アルタ物語

帯にはワーグナーに愛されながら、「消された」楽器の秘密。
と書かれています。
え・・・ヴィオラ・アルタってどんな楽器なの?
ヴィオラとは違うの?

早春の箱根の山で「謎解きの旅」にでました。いっきに読み終えました。
たちどころに、ヴィオラ・アルタの音色が響き、身体中が感動の渦の中にいる自分に気がつきます。

「謎解き」ですから多くは語りません。ただ、どうしてもその音色を聴きたく、ラジオのゲストにお招きしお話を伺いました。

ヴィオラ・アルタ奏者の平野真敏さん。
平野さんは、1967年、福岡県生まれ。
東京藝術大学・音楽学部・器楽科およびドイツ・デトモルト音楽院ドルトムント校を卒業。この度、「幻の楽器 ヴィオラ・アルタ物語 (集英社新書)」を上梓されました。

2003年のある日、渋谷の楽器店を訪れたことからはじまります。

「お母さん、こんなに小さなチェロがあるよ」
と小学校低学年の男の子が、古いショーケースを覗きこみ言います。

元々は、ヴィオラ奏者だった平野さん。
10年前のある日、その見慣れない楽器に出会いました。
平野さんは、その後、どうしてこの楽器が音楽史の表舞台から消されたのかを知るため、ヨーロッパに向かいます。

ここから壮大なドキュメンタリーの幕開けです。

平野さんにはラジオでたっぷり語っていただきました。
そして・・・スタジオにその幻の楽器をお持ちいただき拝見し、その音色も聴かせていただきました。

ぜひ、ラジオをお聴きください。
その謎と音色をお楽しみください。

ひと言だけ・・・秘密は、その響きはある楽器の音色にそっくりだったのです。

放送は文化放送「浜 美枝のいつかあなたと」3月31日、日曜日
10時半から11時です。

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投稿者: Mie Hama 日時: 08:00 |

小浜市の伝統行事と食

先日、福井県若狭で「小浜市の伝統行事と食」というシンポジュームに招かれ伺ってきました。

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「若狭のよもやま話」・・・と題して、民俗学者の神埼宣武さんとご一緒に若狭・小浜の伝統文化や食について興味深いお話が伺えました。

豊かな歴史と自然に育まれた若狭小浜は「御食国」「鯖街道」「社寺と町並み」など伝統行事が各地区で守られ、海・山・里が一体となって文化が守られている地域です。

私が若狭に通い始めたのはかれこれ20年ほど前でしょうか。
京都でもなく、北陸の各都市とも違うこの地、初めはワケもなく惹かれ、京都と金沢を行き来する間に何度も途中下車して寄り道してきた歴史があります。

四季折々の空の色。
海辺の町のおかずの匂い。
この地に釘づけになったのです。
旅人でありながら住み着くことを考えるほどこの地に惹かれてしまったのです。

特に夏の終わりの「地蔵盆」のことは人づてに聞いていました。
その頃に訪ねたい・・・と思いうかがったのが17年前です。

ゆく夏を惜しむかのように鉦や太鼓で送る子らの念仏が今も心に残ります。
「伝えなければすぐに途絶えてしまう」
そういう思いで守られてきた伝統行事です。

14歳までの少年たちが8人、小部隊を組んでとり行われます。
15歳からは青年会に入ります。

地蔵盆で男子は社会の仕組みを知るらしいです。

8月20日の地蔵洗いと厨子洗いに始まり旗づくり。行灯をつるす松をとりに山へ行く。子供たちだけでワッショイ、ワッショイととってくる。お堂建て。このお堂で子供たちは泊まります。

この行事は男の子が成長する大切な通過儀礼であり、それが伝統。
子どもの祭りだから大人は"手をださない"子ども任せ。

子供たちはカネやタイコではやしたて、町ゆく人、旅人を引きとめて、
そなえてもらうよう願います。

「な~もじぞう、な~もおけそこ」という不思議な呪文。
夏の終わりの祭りです。
見事な彩色地蔵は、やはり若狭小浜の独特の風習。

私は思うのです。
"都会を追い求めないで"・・・と。

日本の食文化は、ひとつの食材を「走り・旬・名残」とうつろいの中で楽しみます。季節の食材を大切に慈しんできました。

今の教育現場では「食育」という言葉が使われます。
もちろんそれも大切です。
でも・・・こうした日常の暮らしの中から子供たちが成長していくことを大人たちは大切にしてほしい・・・と感じた若狭の旅でした。

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浜からの風を感じながら、お魚市場での買い物。
焼鯖づしを買いローカル線に乗り、帰路につきました。

(車中で焼鯖づしとビールで乾杯!)です。

投稿者: Mie Hama 日時: 08:00 | | コメント (2)

『昆布と日本人』

私たちの暮らしに欠かせない"昆布"
昔から日本人の食文化に欠かせない、昆布。

春・この季節では、やわらかく煮える昆布と筍、または豚肉とあわせて煮る昆布など等。沖縄の人は本当に良く昆布を召し上がりますね、国際通りの公設市場に行くと昆布が山盛りに売られていますもの。私も大好きです。

文化放送「浜 美枝のいつかあなたと」(日曜10時半~11時)のゲストに
昆布と日本人」を上梓された奥井海生堂4代目・奥井隆さんをゲストにお招きいたしました。

ちょうど収録の前日、若狭周辺を小浜から敦賀に向かっておりましたので、お店に伺い、また工場で「蔵囲(くらがこい)昆布」を見せていただきました。

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奥井さんは1948年生まれ。
立教大学経済部を卒業後、奥井海生堂に入社。
奥井海生堂は、曹洞宗の大本山・永平寺、横浜の総持寺ご用達の「御昆布司」を勤め、京都や全国の有名料亭などに高級昆布を納めています。

私が伺った時に見せていただいた専用昆布蔵で数年間寝かされ蔵囲いの中で熟成し、夏の浜で太陽による自然乾燥をうけた昆布が静かにときを待っていました。温度と湿度の管理が大変なようです。

昆布の歴史は古く、1200年以上前には蝦夷地(今の北海道)から奈良の都に、昆布は運ばれていたそうです。

江戸時代の中ごろから明治にかけて、北前船で日本海から京都、大阪、薩摩、琉球を経て、清(中国)へ。昆布ロードがあったのですね。

今、世界中から和食が注目を浴びています。
(世界無形文化遺産に登録を申請しました)

とくにフランス人のシェフが「昆布」に注目し、「昆布巻きのコクはチーズに似ている」との話も伺いました。ワインとの共通点もあり、和とフレンチのマリアージュもあるかも知れませんね。

とにかく「昆布は奥が深い」です。
ぜひ、ラジオをお聴きください。
放送は3月17日です。

今夜は白身魚を昆布で〆てみようかしら・・・。 


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投稿者: Mie Hama 日時: 08:00 |

映画『マリーゴールド・ホテルで会いましょう』

素敵な映画を観てきました。

「マリーゴールド・ホテルで会いましょう」 TOHOシネマズシャンテで。
インドが舞台です。

ごく普通に生きてきた熟年7人の男女が自分の意思でインドへと旅立ちます。
それぞれの事情を抱えてやって来た男女7人。乗り継ぎ便の欠航のため、満員の長距離バスで目的地ジャイプールにようやくたどり着きます。あふれる音・色彩のなかそこで待ち受けていた想像を超えた体験。

監督は「恋におちたシェイクスピア」(98)でアカデミー賞7部門獲得したジョン・マッデン、1949年英国ポーツマス生まれ。キャストは英国の名優たち。

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中でもイブリンを演じるジュディ・デンチは最高です。
「恋におちたシェイクスピア」ではアカデミー賞助演女優賞を受賞していますし、「007シリーズ」で上司M役を演じています。

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夫が亡くなり自分は無一文だと突然しらされ、少ない出費で長く暮らせそうな
可愛らしいホテルを目指してインド行きを決意するのですが、そこで待ち受けていたホテル・・・・とは。

すべて前向きに受け入れて挑戦していく姿に感動するのです。
主人公は"旅人"です。

「この国は感覚を刺激してくる」・・・と彼女は言います。

とても良くわかります。

私がインド通いを始めたのは10代終わりのころから約10年間でした。
パトナー、ナーランダー、ラージギル、ブッタガヤー、ベナレス、サルナート
おもにインドの北部を周っていました。長距離バスにのり、人で溢れる列車に乗り、ガンダーラや石仏など地方の像を訪ね歩き、終バスが来なくて村の家に泊めてもらったり・・・。
人なつこい人々。貧しくとも、逞しく、くったくない笑顔。

ガンジス河に朝日が昇るのをインドの人たちと拝み、沐浴の意味を考え若かった私に、「人が死ぬ」ことの意味を考えさせてくれました。

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映画の舞台はデリーの少し下のジャイプールが舞台です。
ユネスコ世界遺産登録されている美しい・・・というより、エネルギーのかたまりのような街。華麗な寺院、色鮮やかなサリーが溢れる万華鏡のような街。

7名がインドに来て45日が過ぎたころ、それぞれの人生が輝きはじめた
時に突然終わりがきます。

ひとり一人の生きてきた人生。
選択はさまざまです。

私もこの年齢になってみて、この映画のもつ魅力が理解でき、感動し、生きる力をもらい、幸せについて考えました。

なんか・・・いいな~。
忘れかけていた胸の奥の奥のほうの切なさが心地よい映画でした。

投稿者: Mie Hama 日時: 07:00 | | コメント (2)

18ひつじ《私たちの時代》

先日、36年続いてきた18年生まれのひつじ会で古希の集いが開催されました。53名の"ひつじたち"

事務局からこんなメッセージが配られました。

18ひつじ 《私たちの時代》

私たちは、太平洋戦争の最中、昭和18年ひつじの年に生まれました。
真珠湾攻撃の華々しい戦果の後、ミッドウエイ海戦に破れ、ガダルカナル島を攻略され、戦争の帰趨に暗雲が漂い始めた時期です。
その後、父は戦場に送られ、残された母と子は空襲の中を逃げまどいながらも終戦を迎えました。 外地で終戦を迎えた"18ひつじ"は更に引き上げという苦難を味わいました。

もちろん、私たちに戦争の記憶はありません。そして、戦後、日本のゼロから出発。貧困の時代から高度成長を経て、豊かな時代へ。日本の成長と私たちの成長は重なっています。生まれて70年、激動の時代を生き抜いた"18ひつじ"は本当に幸せ者だと思いませんか。


「18ひつじ古希の集い」

さまざまな職業の人の集まりです。
ファイティング原田さんは、エデル・ジョフレを破って世界バンタム級チャンピオンに。2階級制覇。彼が22歳の時。
私、浜美枝がイギリス映画「007は二度死ぬ」に出演したのは24歳の時。
昭和44年には東大紛争安田講堂崩落。
昭和45年大阪万博。
昭和47年あさま山荘事件・田中角栄列島改造論。沖縄日本復帰。

そして、昭和52年我々が34歳の時に「18ひつじ会」が発足しました。

昭和64年昭和天皇崩御。
ベルリンの壁崩壊。

そして、事務局の方が一人ひとりに生まれた日の新聞を用意してくれました。
私の生まれた日の毎日新聞には、ほとんどが戦争に関する記事でした。

この間、天に召された仲間もいます。
私が大好きだった女優・大地喜和子さんも。

みんなで献杯をしました。

戦争真っ只中にあって生まれた私たち。
でも、世界を見渡せば戦争は続いています。
逃げまどう子どもたちがいます。

どうぞ・・・平和な世界が訪れますように。

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投稿者: Mie Hama 日時: 08:35 | | コメント (2)